4大大会の予選でもう1度、戦いたいと思っていた。しかし、2度の左ひざ手術に右肩まで痛めた。7月下旬、米国遠征から戻った時に「もう二重苦、三重苦、いや四重苦かもしれない」と体中が悲鳴を上げていた。8月上旬に決断の時はやってきた。
ただ、本心は「やめなくてすむなら、やめたくないのが正直なところ」と複雑な胸中を明かした。現役にこだわったが、どんなに気持ちを高めても、体はついてこなかった。12日に予定されている1回戦も「最大限の努力をして挑みたいが、ふたを開けてみないと分からない」というほど満身創痍(そうい)だ。
プロに転向し、最初の引退までが約7年。37歳で復帰し、約9年半戦った第2のテニス人生の方が長い。「再チャレンジは本当に楽しかった。今だから言えるのは、テニスが好きだったことに尽きる」。テニスを嫌いになったままやめたくなかった。それが伊達の復帰の理由だった。
「こんなに幸せなアスリートも、そうはいない」。2度のテニス人生を歩み、世界で戦い続けた不屈の闘志で、ジャパン女子オープンで最後のプレーを披露する。【吉松忠弘】
◆伊達公子(だて・きみこ)1970年(昭45)9月28日、京都市生まれ。6歳でテニスを始め、89年4月に高校卒業とともにプロ転向。94年全豪、95年全仏、96年ウィンブルドンの4強は、4大大会の日本女子歴代最高成績となっている。95年11月に記録した世界4位は、錦織圭と並んで現行のランキング制度ができて以来、日本人最高位。42歳で記録した13年全豪での本戦勝利と、同年ウィンブルドン3回戦進出は、オープン化以降女子最年長。164センチ、53キロ。



