リオ五輪卓球で水谷隼(27)が男子シングルス史上初の銅、団体では男女そろってメダル確定と、日本勢のメダルラッシュを生み出した卓球台もメード・イン・ジャパンだった。卓球台などの遊具メーカー「三英」(千葉県流山市)が提供したリオ五輪公式台「インフィニティー」は、ボールの弾みが均一の天板から、東日本大震災の復興を願い被災地のブナ材を使用した脚部まで、日本の技術と思いが詰まった逸品だ。

 女子団体の銅メダル獲得から一夜明けた17日、三英の栗本典之執行役員は「男女とも取ることに意義がある。銅メダルが金くらいに思います」と感慨深げに語った。そして「うちの台はバウンドが変わらないので、日本の選手は思い切りプレーできると言ってくれます」と語った。

 バウンドが変わらない秘密は「天板」にある。木製の場合、湿度を吸うため、反りが出て表面も均一でなくなり、ボールは落ちる場所によって弾み方が変わる。「インフィニティー」の天板は、板を数多く重ねて接着した積層材をパズルのように13層に並べてプレスし表面が均一になるよう作られた。反りは5ミリ程度ならOKとされるが、リオに提供した台は0~1ミリだ。

 どこにボールが落ちても弾みが変わらず、しっかり止まり、スピンが強烈にかかった打球は大きく変化するという。特徴を熟知した水谷は、打球に回転をかけて相手をほんろう。銅メダル獲得後、三浦慎社長に「プラスになった」とメールを送ってきたという。1940年(昭15)に東京の下町・上野で創業した前身の松田材木店が57年、桂材の特殊合板を日本で初めて使った卓球台を開発して以来のノウハウを生かした。

 天板を支える脚部には、東日本大震災の被災地・岩手県宮古市のブナ材を使った。当初、12年ロンドン五輪への公式卓球台の提供を目指したが出遅れ、リオに目標を定めた段階で、和のテイストを入れる構想があった。一方で11年3月11日に東日本大震災が発生し、10日に宮城県石巻市、11日に仙台市に卓球台を納入した担当者が被災。卓球台を寄贈するなど社を挙げて被災地支援を続ける中、脚部には復興への思いを込め東北の木材を使うと決めた。

 スチール製が一般的な脚部に木材を使う上でデザイン、強度の問題があった。そこでソニー時代に「ウォークマン」をデザインした澄川伸一氏を起用し、木を重ねてさまざまな形を作る「成形合板」を日本で最初に始めた山形の天童木工に製作を依頼。試行錯誤の末3年がかりで完成した。

 国内でシェア7割を誇る三英だが、世界的に見れば中国のDHS社に大きく水をあけられている。栗本執行役員は「20年東京五輪も目指します」とシェア拡大を誓った。【村上幸将】

 ◆三英 40年に三浦慎社長の祖父松田英治郎氏が、広葉樹専門の松田材木店として創業。戦後の卓球ブームの頃に卓球台メーカーに材木を卸す中、一枚板は湿気を吸うと反って隙間が出る欠点に着目。桂材の反りの強さをなくしつつ、バウンドが均一の長所を生かすために合板にする天板を考案。松田氏は“日本の卓球台を作った男”と呼ばれる。五輪の公式用具スポンサーは92年バルセロナ大会以来24年ぶり2度目。従業員約100人。