<大阪国際女子マラソン>◇25日◇大阪・長居陸上競技場発着(42・195キロ)

 女子マラソンの前日本記録保持者・渋井陽子(29=三井住友海上)が、復活した。2時間23分42秒でゴールし、04年9月のベルリンマラソン以来、4年4カ月ぶりの優勝を果たした。終盤で失速した昨年11月の東京国際女子マラソンの反省を生かし、前半は自重。中69日での連戦をものともせず、マラソン11戦目で初めて、後半のタイムが前半を上回る「新戦術」で、8月の世界選手権(ベルリン)の代表に内定した。

 これまでの渋井とは、別人だった。右手を突き上げてゴールし、鈴木総監督に抱きついた。「8年ぶりに帰ってこれて、すごいうれしいです」。国内での勝利は、初マラソンだった01年の大阪以来、丸8年ぶり。笑うだけだった当時と違い、インタビュー中に目を潤ませた。

 最初からぶっ飛ばし、後半は失速する-。そんな自分と決別した。スローペースの序盤は、集団の中でひたすら我慢。「20キロで折り返すまで、このペースで、はまっちゃって上がらなかったらどうしようという不安との戦いでした」。勝負は30キロすぎ。自然に加速し、赤羽とのマッチレースに持ち込むと、2キロもたたないうちに一人旅。38キロ付近では、バイクの中継車に「後ろ、離れてます?」と確認する余裕まであった。

 我慢した分、最後まで足が持った。前半より、後半の方が2分20秒も速い「ネガティブスプリット」。「後半に(ペースを)上げるレースなんて、できたことがない。今回何か、コツをつかんじゃった感があるんで(今後も)大丈夫なんじゃないかと思います」。新パターンに手応えをつかんだ。

 「悔しさが残っているうちに」という理由で、昨年11月の東京からの連戦に挑んだ。鈴木総監督は「筋力があって、回復力があるから、渋井は問題ない。そこが、弱い選手とは違う」と言う。日本屈指と言われ続けた高い身体能力が、異例の連闘を耐えさせた。

 昨年末、北京五輪代表の土佐礼子が、競技生活に区切りをつけるため、東京から愛媛・松山に移った。寮の食堂で別れを惜しみつつ、こう言われた。「シブは、マラソンを考えすぎなんだよ」。勝ちにこだわり、視野が狭くなっていたことに気付かされた。焦らず走り、再び世界舞台をたぐり寄せた。

 8年前との比較を問われると「うーん、うれしすぎて、何も言えねぇって感じですね。パクっちゃいましたね」。コメントにも「らしさ」が戻った。今後の目標として「(2時間)15分台」と世界記録さえ視野に入れ、鈴木総監督は日本記録の可能性について「それだけの力はある」と期待した。8月の世界選手権は、コースは違うものの、日本記録(当時)をマークしたベルリン。復活と同時に、夢が広がった。【佐々木一郎】