阪神岡田彰布監督(66)を昔からよく知る人の、ふとした話を聞いて心底驚いたことがある。

「監督って、紙に書かないんだよ」

忘れてはいけないことを、私はすぐにメモする。ノートはもちろん、携帯のメモ機能や、なにも書くところがない時は、手の甲にボールペンで無理やり書くこともある。しかし、書いているのになぜか忘れてしまう。

比べるのもおこがましいが、岡田監督は周囲の人が声をそろえて「記憶力がすごい」という。紙に書くまでもないのか、紙に書かないからこそ覚えられるのか、指揮官のすごさをかいま見た。

リーグ戦中の試合前練習。岡田監督は一塁側ベンチへと足を運び、報道陣にさまざまな話をしてくれることがある。指揮官の口から聞く、いわゆる「昔話」は、細部まで詳細で、臨場感があって、思わず引き込まれ、時には大きな笑いが漏れる。

9月上旬、そのベンチで岡田監督が配球について話始めた。選手にもっとバッテリーとの駆け引きをしてほしいと、その話の流れで指揮官は現役時代の話を始めた。

打席に立って、きわどいコースを「ボール」と言われた際、「1ミリボールやったわあ!」とわざと口にするという。すると「今日はボール見えてるなあ」と捕手が思い、次の打席からの配球に影響する。「第1打席でエサ巻いとくんよ」。その口ぶりから臨場感が伝わって、思わずプロのすごみを感じた。

岡田監督は現役時代も、アマチュア時代も、まるで少し前の話のように臨場感たっぷりに口にする。きっと秀でた「記憶力」があるからだと思う。今季限りで勇退する指揮官にとって、CSから目指す2年連続の日本一が“最後の戦い”。経験の記憶と、悔しさの記憶を糧にして、悔いのない戦いを繰り広げてくれるはずだ。【阪神担当=磯綾乃】