自分らしく生きるとはなにか?
「自分らしく」だけを切り取れば、そこまで大きな弊害がなく、こういうことだと言えるだろう。
しかし「自分らしく」に「生きる」がプラスされると一瞬にして難しくなってしまう。それは、「生きる」ということはそこに他者が絡み社会が絡むからだ。
例えば、「自分らしく」が自分のしたいことだと定義して、毎日ベッドの中でお菓子だけ食べていたい、と考えたとする。それが自分らしさならそれでいい。
しかし「自分らしさ+生きる」となった瞬間に、ベッドの中でお菓子を食べながら生きることはできない。生きるとは一瞬のことではなく、何十年も続く人生のことを示すからだ。
僕の中での「自分らしく」は、自分にうそがなく、他人に左右されない本能や直感に従うこと。しかし、ここに「生きる」がついてくると、僕ですら思うようには生きていけない。
39歳で全てのお金と仕事を捨ててまさに「自分らしく」のスタートを切った。実家に戻り、資金はクラウドファンディングで募り、仲間がトレーニングサポートをしてくれた。気がつけば僕はお金から解放され、自分の思うままに生きることができた。
しかし、水戸ホーリーホックでJリーガーになれたあと、僕はイップスに陥っている。それは他者との関係だ。僕は水戸ホーリーホックを優勝させるためにJリーガーになったわけではない。もっと言えば水戸ホーリーホックでレギュラーになって水戸の顔になるためでもなかった。僕は至って純粋に正直に、人生の後悔を取り返し、お金の呪縛から解放されたかったのだ。それが年俸10円のJリーガーになったことで夢がかなったのだ。
ただ、冒頭にも書いたように「自分らしく」と「生きる」が合わさるとそれは非常に厳しいものになる。結局、僕が自分らしく生きられたのはプロを目指している最中だけだったのかも知れない。やはりそれは短期的なものだった。水戸ホーリーホックに入団して、そこでも「自分らしく生きる」を貫こうとしたが、無理だった。いや、今思えばできたのかも知れないが、団体競技を長くやってきた僕は、気がつけばその村のルールに従うしかなかったのだ。
せっかくなれた「Jリーガー」だったが、クビになりたくないという防衛本能が働いてしまい、自分らしくを貫くことができず、気がつけばイップスになっていた。当時の僕はクラウドファンディングを使ってJリーガーになったのだから、自分の年俸もクラウドファンディングで生み出したかった。それはクラブが定める価値ではなく、ファンが定める価値へと変換されるからだ。クラブに雇われている選手ではなく、ファンが必要としてくれる選手になる。これが僕にとっての大きな使命だったはず。
しかし、気がつけば「自分らしく生きる」は他者とのパワーバランス上貫くことはできず終わっていった。もしかすると「自分らしく生きる」ことはこの世の中にいる以上、不可能なのかも知れない。とはいえ、数カ月でも「自分らしく生きる」ことができた僕には、「自分らしく生きる」ということに対してもう少し踏み込んでかみ砕いた話ができるのではないかと思っている。
僕には根拠のない自信がある。そもそも40歳からJリーガーになろうと思う人もいなければ、なれると思って行動する人などいない。しかし、僕はどこかで「絶対になれる」と思っていた。どれだけ周りから批判されようが否定されようが、自分だけは「やれる」「なれる」そう思い込んでいた。
その想いがなければ間違いなくJリーガーにはなれていない。そう考えると僕にとってのこの思い込みは、「自分らしさ」からきているものだと思う。「自分にうそがなく、他人に左右されない本能や直感に従うこと」この思いが、本気であり全力であるからこそ40歳でJリーガーを目指せた。
もっと言えば、自分がやって来たことにむずがゆさを覚えながらも必死で立ち向かって来た過去があったからこそJリーガーになれたのだろう。もしこれが40歳で格闘家だった場合はこうはなっていなかっただろうし、Jリーガーから格闘家というストーリーの面白さは生まれていなかったはずだ。
自分らしさとは「ハングリー精神」の先にあるものかもしれない。僕にとってのハングリー精神とは、絶対にこうなりたい、手に入れたいと思ったら行動してしまっている精神のことだ。要するに、考えて考えて出した答えに戦略はあってもハングリー精神は存在しない。そうなればその夢をかなえることはできないだろう。
僕はJリーガーになってからハングリー精神を失ってしまった。挑戦者に必要な持ち物は間違いなくハングリー精神だ。それがJリーガーという夢をかなえてしまった瞬間「Jリーガー」になってしまった。もはやそれは挑戦者ではない。
ハングリー精神を失った挑戦者は「ただのJリーガー」になる。僕には経験こそあるが技術やスピードはない。「ただのJリーガー」として勝負するには圧倒的に技術が足りなすぎる。挑戦者としての飽くなき精神が人を魅了し人を巻き込めたのだ。
「自分らしく生きる」ということのひとつに、他人のルールに従わず、自分の想いの中に他人を巻き込むということがある。いかにして、こいつをサポートしたいと思わせるか。いかにして、こいつの未来を一緒に見たいと思わせるか。人を巻き込む力は「自分らしく生きる」上で絶対的に必要なものになる。
これだけいろいろ書いてきたが、正直僕にもまだわかっていない。自分のことは自分が一番わかってない。だから仲間と共に自分を知ることが必要で、第三者の言葉を自分ごとのように聞きながら、自分の人生の当事者になっていかなければならない。
来る8月14日と21日に「安彦塾」と題したセミナーを開催することにした。そこでは、ここで掘り下げ切れなかった「自分らしく生きる」をより深くのぞき込み、かみ砕き、実際に自分の人生と照らし合わせてそのヒントを見つけられるようにしていく。
もしかすると「自分らしく生きる」ことは死ぬまでできないかもしれないが、それでもその究極のお題に真正面から向き合い追求していきたいと思う。参加したい方は、僕のSNSからDMをください。たった1回しかない人生を動かすには、目先の一歩を変えるしか方法はない。
◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。22年2月16日にRISEでプロデビュー。プロ通算2勝1分け1敗。175センチ。
(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「元年俸120円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)





