【西武週間①ナベQ監督日本一手記】「感性は役立たない」「5歩も6歩も踏み出す」…裏打ち十分の乾坤一擲

2000年以降、最も面白かった日本選手権と推す関係者が多いです。剣が峰の第7戦、岸の連投と片岡のギャンブルスタートで巨人を振り切った、西武渡辺久信監督の独占手記。(2008年11月10日掲載。所属、年齢などは当時)

傑作選

渡辺久信

★西武○●●○●○○ 日本選手権2008

●巨人1―2西武○ 第1戦

中島に勝越しソロを許し、ひざに手を置く上原。日本シリーズ初黒星=08年11月1日

中島に勝越しソロを許し、ひざに手を置く上原。日本シリーズ初黒星=08年11月1日

○巨人3―2西武● 第2戦

ラムレスのサヨナラ本塁打で1勝1敗のタイに=08年11月2日

ラムレスのサヨナラ本塁打で1勝1敗のタイに=08年11月2日

●西武4―6巨人○ 第3戦

8回、小笠原が貴重な6点目のソロ。「オガラミ」の全盛期=08年11月4日

8回、小笠原が貴重な6点目のソロ。「オガラミ」の全盛期=08年11月4日

○西武5―0巨人● 第4戦

岸が完封でタイ。緩いカーブで潮目を作った=08年11月5日

岸が完封でタイ。緩いカーブで潮目を作った=08年11月5日

●西武3―7巨人○ 第5戦

7回に6連打で突き放し、巨人が王手。スタメン起用に応えた脇谷はこのガッツポーズ=08年11月6日

7回に6連打で突き放し、巨人が王手。スタメン起用に応えた脇谷はこのガッツポーズ=08年11月6日

●巨人1―4西武○ 第6戦

4回途中から中2日で岸。投手出身ならではの用兵が当たり、西武がタイに持ち込んだ=08年11月8日

4回途中から中2日で岸。投手出身ならではの用兵が当たり、西武がタイに持ち込んだ=08年11月8日

●巨人2―3西武○ 第7戦

8回、同点ホームを踏む片岡。鮮やかにギャンブルスタートを決め、大きく流れを引き寄せた=08年11月9日

8回、同点ホームを踏む片岡。鮮やかにギャンブルスタートを決め、大きく流れを引き寄せた=08年11月9日

エリートが嫌い

これほど家族に迷惑をかけた年も、胃が痛くなった年もなかった。胃薬は手放せなかった。しんどかったけど、目に見えて成長する選手の姿が頼もしかった。

こいつら、本当にすごい。うちみたいなチームが、強い巨人に勝つから、野球は面白い。負けて得るものがあるというけど、勝って得るものの方が絶対に多い。

指導者としては、西武を出てからの影響が大きかった。西武で124勝したけど、自由契約になった。数球団から誘いがあって、条件が一番良くなかったヤクルトを選んだ。「人間・野村」に興味があった。おれはエリートが嫌い。引退試合もやってもらえなかった。そういう意味では、野村さんと相通じるものがあるね。

野球観を深めたヤクルト時代。1年11カ月ぶりに完投勝利を挙げ、野村監督と握手

野球観を深めたヤクルト時代。1年11カ月ぶりに完投勝利を挙げ、野村監督と握手

ヤクルトで1年野球をやって、野球観が変わった。その後、台湾の3年間で、できない選手の気持ちも分かるようになって、教える引き出しが増えた。

現役の時は感性だけでやっていた。ただ感性は教えられない。指導者としては役に立たない。あのまま西武に残っていたら、1年目から優勝はできていなかった。

デーブ招聘のバクチ

人と同じことをやるのは、昔から嫌い。固定観念を持たず、いろんな意味で新しい監督像をつくりたいと思った。

1歩、2歩踏み出すのは誰でもできる。5歩も6歩も踏み出してみようと。いい悪いは、その後で判断すればいい。新しい発見がないし、失敗を気にしても何も生まれない。

デーブ(大久保打撃コーチ)はある意味、革命を起こした。味方もいるけど、敵もすごく多い。コーチで呼ぶのは、ある意味でバクチだった。もめごともいろいろあったけど、そこはおれがフォローする立場。選手にも言えるけど、長所を見てやらないと。その象徴がデーブだった。

いつクビでも結構

4年前に西武から声をかけられた時、2軍からやらせてほしいこと、言いたいことを言うし、いつでもクビにしてもらって構いませんと言った。

ごまをするタイプでもないし、家族4人で暮らしていけるくらいの蓄えはあるから、言いたいことが言える。意見も言えずに、ハイハイ聞いてるコーチはいらない。苦言を呈してくれる人は大事。いい時も「ナベ、これ違うぞ」って言ってくれる人が、一生の付き合いになる。

今年は、この先5、6年はレギュラーを張る選手を育てようと思った。片岡、栗山、中島、中村の4人は、調子が悪くても我慢して使うという信念を持ってやった。

大久保コーチと。アーリーワークという朝型のサイクルを導入、プロ野球の練習に革命をもたらした

大久保コーチと。アーリーワークという朝型のサイクルを導入、プロ野球の練習に革命をもたらした

けが人が出て、最後は4番に中村を入れた。本当は時期尚早。第5戦の初回無死満塁、相手が1点をあげますっていう場面で、三振した。後の打者にどんどんプレッシャーがかかった。中村で1点とっていれば、あの試合は勝ってた。これも経験しないと分からないこと。

中島はひと皮むけた。傷だらけになっても、先頭で引っ張ってくれた。1年をトータルすれば、オレの中でMVPは中島。陰のMVPが、若いチームを支えてくれた江藤さんだね。

勝負の赤パンツは不発

大舞台は選手を成長させる。涌井と岸がそうだった。シーズンで悪かった涌井が柱になってくれないと、この先の短期決戦は戦えないと思って、CS、日本シリーズの初戦を任せた。

昨年17勝したけど「この若さでかわす投球なんかしてたら、あと5年もたないぞ」って言ってきた。CSからは相手を力でねじ伏せたね。まるで、涌井の双子のお兄さんが投げてるみたいだった。日本シリーズ初戦のウイニングボールを持ってきてくれた。ありがたく、もらったよ。

勝負パンツをつくってみようかなあと思って、第3戦で真っ赤なパンツをはいてみたけど、負けちゃってやめた。そんなのに関係なく、選手が頑張ってくれた。まだまだ伸びるチーム。監督1年目で日本一。こんなに幸せなことはない。(西武ライオンズ監督)

◆渡辺久信(わたなべ・ひさのぶ)1965年(昭40)8月2日、群馬県生まれ。前橋工(群馬)で1年夏にエースとして甲子園出場。83年ドラフト1位で西武入団。96年6月11日オリックス戦でノーヒットノーラン達成。97年オフに戦力外通告を受けヤクルト入り。最多勝3度、86年勝率1位、最多三振、ベストナイン。99~01年は台湾プロ野球で選手兼任コーチとしてプレー。04年2軍投手コーチで西武復帰。05~07年は2軍監督を務め、08年から1軍監督。就任1年目に日本一となり正力松太郎賞。13年に退任後は編成畑に進み、現在は西武GM。現役通算389試合125勝110敗27セーブ、防御率3・67。185センチ、95キロ。

現在は西武GMを務める。ドラフト時の勝負強さは驚異的=2010年10月28日、大石の交渉権を獲得

現在は西武GMを務める。ドラフト時の勝負強さは驚異的=2010年10月28日、大石の交渉権を獲得