2020年はアスリート・ユーチューバーが爆発的に増える年になると予測していた。
動画を「YouTube」で発信する。ダルビッシュ有(野球)が先駆的で、本田圭佑(サッカー)が昨年に開設して視聴回数を増やしていることは、多くのアスリートの目も開かせる起爆剤になったのではないか。特にツイッター、インスタグラムのSNSとの違いは直接収益に結び付くことで、ダルビッシュがYouTubeの動画内容を引用したネットの記事に「営業妨害」と指摘したことも、特異性を際立たせた。いまはアスリートのつぶやきや写真投稿を紹介する記事がポータルサイトには載るが、YouTubeの内容を書いた記事は減少し、これが「アスリートユーチューバー」の存在意義をSNS次元とは異にさせている。
先日、柔道で東京オリンピック(五輪)男子60キロ級代表に内定している高藤直寿(26=パーク24)に話を聞く機会があった。まだこれほど新型コロナウイルスの影響が広がる前で、昨年10月から「高藤直寿チャンネル」を始めた理由を知りたかった。日本代表を争うトップの柔道家で初の試みに、本人は「本当はもっと早く始めたかったんですけど。以前から興味があったので」。
もともとSNSの活用に積極的で、伝統競技の保守性とは遠い域で活動をしている印象はあったが、動画配信に至るのは自然な流れだったという。「SNSもそうですけど、もっと柔道のこと、自分のことを知ってもらい、東京五輪で多くの人に見てもらうため」と意図した。そして「いまは所属先もあって現役ですけど、引退した時にどうなるのか。動画を作る作業とか、自分の知名度を上げていくような試みが何か生きてくるのではないかと思ってます」とも。
一昔前の終身雇用制の世の中で生きてきたアスリートであれば、引退後の食いぶちは考えなくても良かったかもしれない。しかし、多くの組織人と同様にアスリートも現役を終えてからの人生が長く、そこでどう生き抜くかを思案しないといけない世である。「セカンドキャリア」という言葉が広範し、「デュアルキャリア」という言葉も注目を集めるように、競技をやりながら「その先」を考えて、もしくは「先」ではなく両輪を回していく。そんな姿が当たり前になる昨今。
と、そんなことをぼんやり考えているうちに、世界中で新型コロナの拡散が起き、五輪は延期になり、国内のスポーツも中止が続く。日本からスポーツの灯が急速に消えていった。ただ、そんな時に高藤のYouTubeでは、彼が企画した総合格闘技選手とのスパーリングの様子や、元ライバルの先輩柔道家との対戦などがアップされる。そしてツイッターでは五輪延期直後に内定選手としての率直な気持ちをつぶやき、関心を集めていた。
示しているのは、彼は自らが畳の上で戦い、注目を集める機会を失っても、自ら発信できる土壌を築いていること。これはダルビッシュ、本田などにも共通で、コロナのまっただ中で、発信できるアスリートと、できない、しないアスリートには大きな隔たりが生まれている。そして前者の意見、主張は少なくない人の目にも触れ、何かの判断基準も提供している。外出自粛要請のなかで、家でもできる運動を実演する動画を配信する選手も多い。非常事態にこそ、発信に鋭い嗅覚を持っていたアスリートが存在感を増している。
オリンピアンの為末大氏の著書「走る哲学」の中に、このような一節がある。
「昔々、まだ旅が一般的じゃなかった頃、伊勢参りをしてきた旅人が、村に帰って道中の話、伊勢神宮の話、そして自分が感じたことを話したと書いてあった。アスリートはある意味、当時の伊勢参りのように、社会の中の限られた人だけが行ける旅に出ているようなものだと思う」
「僕がアスリートに発信を勧めるのは、見ているもの、体験しているものは、たくさんの仲間が見ようとしても見られなかったもので、その物語は社会にとって価値があるんじゃないかと思うから。体験をどう共有するかで、その社会の未来は変わるんじゃないか」
この窮地に“スポーツの力”的な言説が叫ばれるが、そんな形而上的なレンジで構えなくても、単純に彼、彼女らが伝えることは、いま苦しむ誰かにとっての糧になるかもしれない、そんなシンプルな思考でいい。いまだからこそ、一層、そう考えている。
翻って、そんな彼、彼女の話を媒介(メディア)することをなりわいとする記者としてできることは何か。アスリートが直接発信機会を増やせば、「中抜き」で媒体いらずの構造も成立するとの危惧もありつつ、やはり媒介の仕方はあると今日も文字を打つ。対選手に絞れば、端的には何を引き出せるか。何を聞いたらそのアスリートの魅力が最大限に受け手に伝わるか、アスリートが自分でも気付いていない領域を引き出せるか。その腕と発想力が、(これまでも当たり前だが)問われる。こんな過酷な日常だからこそ、読んでいる、見ている間は少し笑えたり、ほっこりしたり、ためになってもらえるような時間。そのためにも「発信」を続ける。【阿部健吾】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)
◆アスリート・ユーチューバー ダルビッシュ有がさまざまな投稿をし、人気を博す。チャンネル登録者数は47・9万人。本田圭佑も17・9万人(6日時点)。柔道界では高藤に続き、東京五輪男子90キロ級代表に内定している向翔一郎もチャンネルを開設したばかり。五輪の他競技では陸上の桐生祥秀、競泳の塩浦慎理、ラグビーの山田章仁など。格闘家では朝倉未来、堀口恭司らが人気。