練習、練習、打ち合わせ、練習-。
早大スケート部フィギュア部門の主務、東真子は今冬、慌ただしい日々を送っていた。22歳は大学卒業間近のかけがえないキャンパスライフの最後の最後、思い描いていた結晶をリンクに実現しようとしていた。
3月13日、東伏見アイスアリーナで開かれる同部初のアイスショー「WASEDA ON ICE」。国際舞台でも活躍した永井優香が現役引退前最後の演技を刻む舞台でもある学生手作りのショー、そのかじ取り役を担ってきた。
新型コロナウイルスの影響で、大きな影響を受けたのはトップ選手だけではありません。全国に約300人いる大学生スケーターも、軒並み大会が中止になりました。最中、早大が新たな一歩を踏み出したのは、ショーという表現の場でした。
<貢献できること>
「フィギュアほど観客が大切な競技はないと思います。採点の上でも『観客との一体感』という要素が組み込まれているのはフィギュアぐらいかなと」。
その大切な相手との時間が奪われた。コロナ禍は、大学生カテゴリーの試合をほぼ中止に追い込んだ。日本学生氷上連盟(学連)の役職も持つ東は、大変な状況の中でも、いつかの発表の場を信じて滑る仲間のために、調整にも奮闘したが、決断は無常だった。「こんなに毎日気を使ってリンクの上でもマスクをしてしゃべらないで往復して練習をしているのに…」。東の思いは、学生スケーターみんなの思いだっただろう。ただ、一律に受けいれるしかなかった。
「私はスケートのレベルとしては低いので、そこで貢献ができない分、何か貢献できないかな」。温め続けたプランはあった。場を奪われたからこそ、場をつくろう。「コロナになる前から、『早大でアイスショーができたらいいね』という話は漠然としていて。私が1年の時はすごく人数が少なかった。いまでこそ、20人弱ですが、当時は10人。ショーをできるだけの体力が部活になかった。夢物語だった」。
入部者が増えるにつれ、体力はついた。19年冬から20年春、ショーを望む声は強くなってきた。気づけば、最上級生になっていた。時を同じくコロナ禍があらゆる動きを止めたが、望みは止まらない。高校時代から第一線で活躍してきた同学年の永井も、卒業とともにリンクを去る。「部として送り出したいと」。さあ、動くしかない。「誰かが指揮を執って構想を掲げて引っ張らないといけない」。貢献の仕方は決まった。
<観戦者から競技者へ>
東は高校までは運動部に所属したことはなかった。幼少期にテレビでフィギュアを観戦する母の横で、自然に見る専門に。実家のある埼玉県内から最寄りのリンクまでは遠く、スケート教室に入るという発想にも自然にならなかった。
観戦者としてのレベルがどんどん上がっていった。早大の付属校受験が終わった「ご褒美」は、さいたまスーパーアリーナで開催された14年世界選手権の生観戦だったし、高校入学後はバイト代でためたお金で、北海道や大阪へ。試合、アイスショーを求めて行脚した。極め付きは高3の卒業論文。「フィギュアスケートの採点の歴史と変遷」がテーマだった。採点方法に人一倍詳しく、観客の要素を知っていたのも納得。
「大学に入ったら主務になろう。裏方をやってみたい」。早大入学後、希望通りにフィギュア部の門をたたき、学連にも属した。スケート靴を履くなど考えもしなかった新入生の転機は、運営を手伝った最初の試合。学連の先輩の「運営だけではもったいないからやってみなよ」のひと言。
「当時は学生からスケートを始めるのが普通に行われている世界というのは知らなくて、小さいときから始めないと始める時はないと思っていた。すごく意外でした」。そこからはフィギュア漬けの毎日の濃さがぐんと増した。練習場のロッカーに教科書を並べ、リンクで勉強する。中心がスケートになった。
実は東のように大学から競技を始める選手は多くいるという。大学により初心者の受け入れをしている部もある。彼/彼女は、例えばジャンプなら3回転は跳べないだろう。しかし、1回転、2回転でも、ステップ、スピンでも、各人の目指すものがある。リンクの使用料、衣装代など費用はかさむ。ただ、「温かい世界だし、やってみてわかる魅力もあった」という東の充実の表情を見ると、この競技の可能性の1つを感じることもできた。
<ショー、実現へ>
早大所属のスケーターたちも多様だ。シングルもいればアイスダンサー、シンクロナイズドスケートの選手もいる。そして一様に求めていたのは発表の時だ。
「WASEDA ON ICE」を現実に-。そう決めた東の動きは素早く的確だった。東伏見のリンクを予約し、グッズなどの制作も決めた。パンフレットは付属出身の絆を生かして知人がいる早大広告研究会に依頼。告知のPVは同様のつてを頼って、放送研究会を頼った。緊急事態宣言が出てからは、有観客を諦めざるを得なかったが、その前から配信は頭にあった。学連の仕事でお世話になっていた、フィギュア専門の映像会社「福生映像」にお願いすると快諾。「ほんとにわずかなお金で…。頭が上がりません」と感謝する。配信技術は早大OBのエンジニアが協力を申し出てくれた。
肝心のショーの中身は? 「ホントにみんなで話し合いました」。トップ選手が集う国内のショーとは違う、早大ならではの魅力…。角突き合わせて、時にはオンライン上でも突き合わせて会議を重ねた。海外が拠点の選手の参加方法に加え、「グループナンバーをやりたいよね」。もともと、部として全体練習をする機会が昨季まではなかった。今年は月に1回程度、貸し切り時間をみなで滑った。そんな連帯感の延長に、早大史上初の「集合演技」も決まっていった。
大学カテゴリーでのショーは、2年前に法大・明大が合同で行っているが、文化としては芽生えたばかり。くしくもコロナが重なり、その開催の意味は多層化した。東は言う。「大学は4年が1サイクルで、終わりが決まっている。手紙や花束まで用意して、うまくいかない時は元気づけてくださるファンの方がいて。その方々に感謝を伝えたい」。
観客との一体感が評価に組み込まれる競技だからこそ、それはカテゴリーを問わずに共通している。それぞれの輝きを求めて日々の練習に励む学生スケーターのように、応援する人も多様にいる。両者が共鳴する舞台として、早大という枠に限らず、1つの文化として広まっていけば。
3月13日、午後5時30分。幕は上がる。【阿部健吾】(敬称略)
※公演はYouTubeでライブ配信されます(https://youtu.be/q0BigVL30ak)