競泳男子100メートルバタフライの日本記録保持者、河本耕平(38=日本水泳振興会)が、今季も水泳界の第一線で奮闘する。昨年11月24日から約3カ月間、米アリゾナ州フェニックス遠征で泳ぎ込んだ。2月21日に帰国し、4月3日開幕の日本選手権(東京)に照準を合わせて練習している。何度も泳ぎに改良を加える柔軟性が持ち味。専門のバタフライの完成度を追い求めるベテランには、引退の2文字はない。
河本の体重は、中大時代と変わらない。70キロをずっとキープしてきた。プールから上がると、張り詰めた筋肉が水をはじく。若い肉体と同様、向上心も若々しい。そしてエネルギッシュだ。スピードアップのために、柔軟な思考でフォームを進化させてきた。07年には、上下動で推進力を生み出す泳ぎから直線的な泳ぎに変更。水の抵抗を軽減した。13年にはストローク数を従来より減らし、16~17回のイーブンペースに改良した。昨年11月の日本短水路選手権では、50メートルバタフライ1位。米アリゾナ遠征の3カ月間で、再び泳ぎが変わった。
河本 もっと頑張って、もっと頑張ってと、日本ではやってきた。それなりの成果も出ていた。ところが、米国のコーチから『速く泳ぎたかったら、ゆっくり動け』と言われた。軟らかい水をしっかり捉えて水に乗らなければダメだと。衝撃的だったが、日本では記録を求めすぎて力が入りすぎていた。米国の3カ月でスムーズな動きというか、滑らかな泳ぎに変わった。
09年に作った100メートルバタフライの日本記録51秒00は、まだ破られていない。そんな快記録に加え、「世界記録」を2種目持っている。15年の米ロサンゼルスのマスターズ大会でマークした50メートルバタフライ24秒14は、「35~39歳」の世界記録。昨年8月には世界マスターズ選手権(ハンガリー)の100メートルバタフライで、「35~39歳」の世界記録54秒02を作った。
同年代の世界の頂点に立つのは大きな喜び。しかし、本来の戦いの場は、年齢区分のないレースだ。当面の目標は4月3日開幕の日本選手権と、5月23日に始まるジャパンオープン(ともに開催地は東京)。8月のアジア大会(インドネシア)、パンパシフィック選手権(東京)の代表入りを視界に捉える。
河本 以前は勝手に年齢を意識して、それに挑戦していた。しかし、年齢はただの数字。淡々と自分の泳ぎを高めていきたい。米国遠征を経験して100メートルは52秒台、50メートルは23秒台を出せるところまできた。競技で、どんなタイムを出しても結果を楽しみ、乗り越えていきたい。その繰り返しを大事にしていく。
もちろん38歳のベテランは、若い競技者の指針になるつもりだ。水泳の選手寿命は決して長くはない。だからこそ、若手の刺激剤になる。競技会の最前線で踏ん張る姿を若手に見せ、希望を与える。それが、自分自身に課した役回りだ。
並行して水泳教室などの普及活動にも積極的に関わる。昨年は神奈川県の小学校にも出張指導した。県内の小学校からは今夏のオファーがもう届いている。昨年11月には富山の指導者に招かれ「挑戦し続ける心」という演題の講演も行った。選手以外の務めを、ベテランは果たしている。
河本 水泳教室の子どもたちは、ちょっとでも長く泳げるようになると、喜びを感じてくれる。これはお年寄りも同じ。水泳の楽しさ、魅力を伝えていきたい。今後も、可能な限り続けたいと思っている。
昨シーズンは、スピードだけにこだわった。出場種目も短い距離の50メートルに特化していた。しかし今季、こだわっているのはバタフライの泳ぎそのもの。大会では、消耗を度外視して50メートル、100メートルとも出場していくつもりだ。
河本 現役が終わりのときが来るとしたら『一番いい泳ぎができた』と胸を張って言えるような状態でやめたい。それに近づけるために練習を積んでいる。
38歳はまだ発展途上。バタフライを極めるための道は、半ばだ。ストイックに泳ぎを追求する姿を評して、周囲は「侍スイマー」と呼んでいる。【涌井幹雄】