バレーボール男子日本代表「龍神NIPPON」は12日、国際大会「ネーションズリーグ」名古屋大会を開幕4連勝で締めくくった。9月に五輪予選を控える中、国内のバレーボール熱は急上昇。連日、会場の名古屋市ガイシプラザには超満員の観客が詰めかけた。
代表人気が高まる中、Vリーグにも独自の努力で集客を図るクラブチームがあった。昨年6月に産声を上げたばかりの東京グレートベアーズ(GB)。クラブ・選手・ファン、三位一体形のプロモーションで、参入1年目の22-23年シーズンにリーグ新記録となる1試合8142人を記録した。その舞台裏を久保田健司代表と古賀太一郎主将が明かした。【取材・構成=勝部晃多】
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「見たことのない景色だった」。今年3月5日の有明コロシアムを、古賀はそう振り返る。「1万人プロジェクト」と銘打たれて行われたホームゲーム、対ジェイテクト戦。これまでのVリーグ記録6820人を大幅に上回る8142人のファンが、新生東京GBに万雷の拍手をおくった。
古賀 記録達成できたのは、クラブみんなでプロとして努力した結果だと思う。1年目からチームワークを作れた。全体としてお互いが支え合って、クラブの礎ができた。
昨年6月。21-22年季限りで活動を休止したFC東京が、東京GBとして生まれ変わった。譲渡を受けたのは、消費財メーカーの「ネイチャーラボ」。バレーボール未経験の久保田代表が掲げたのは、フロントと選手間に隔たりのないクラブのだった。
久保田代表 ネイチャーラボがそうですが、風通しの良い組織にしたいという理念がありました。
始動した当初は苦労も絶えなかった。
久保田代表 選手たちと話していると、こっちが場を和ませることを言っているのに全然笑ってくれなかった。上の人が言うことは絶対という文化があったのかな。
そんな状況を打破すべく、久保田代表は足しげく現場に出向いた。「違和感を覚えるくらいやらないと変わらない」。選手とのコミュニケーションを密に取り、“ワンチーム”の意識を醸成させた。
古賀は、最初は選手に戸惑いがあったことを明かす。「フロントと現場では役割が違うのではないか」と。だが、自身も本社に何度も足を運ぶ中で、お互いの理解は徐々に改まった。
古賀 コミュニケーションで理解が深まり、より良い解決策を見いだせることに気付く事ができました。コート外でもプロとしてやらなければいけない事があるんだと併せて気付きました。
つながりが大切なのは、フロントだけでなくファンとの間も同様。それは、FC東京が解散となる時にも痛感したことだった。
古賀 解散するときに無力さを感じました。バレーボール選手としての価値を高めるだけでなく、選手自らがクラブの集客能力も上げていかないといけないなと感じました。
選手はプレーするだけの存在ではない。ファンのためにできることは? フロントと一体となって考え抜いた。
その集大成が、冒頭の「1万人プロジェクト」へとつながった。クラブや選手がSNSを活用、渋谷駅や試合会場周辺でのチラシ配布など、さまざまな方法で集客に尽力した結果だった。
そして、ホーム最終戦には「お見送り」も行った。試合後に選手がファンを会場から見送るという前代未聞の企画。久保田代表の声掛けで行われたが、古賀は「ファンの応援で普段より高く飛べたり、科学的に立証できないようなことが起こる。直接お礼を言えたのは選手として大事なイベントだった」と確信した。
1年目は、10勝26敗の8位に終わった。プロの世界では成績としての結果が求められる。だが、東京GBは確かに、Vリーグの未来をみせた。
「ギネス記録である1万8000人超えを目指したい」(久保田)「あの観衆の前でプレーするのをリーグのスタンダードにしたい」(古賀)。周囲にはポジティブな話題が絶えない。
クラブとしてはまだまだ発展途上。だが、発展途上は、無限の可能性の裏返しでもある。見たことのない景色は、クラブ、選手、ファンみんなで描いていく。
◆東京グレートベアーズ 1948年(昭23)に東京ガスバレーボール部として創部。09年にV・プレミアリーグに昇格。22年6月、前身のFC東京を受け継ぎ現チームとなった。チーム名の由来はおおぐま座。北斗七星のように、選手とサポーターがつながり、バレーボールを通じて人や地域、世界をつなぐ存在を目指すという思いが込められている。主な選手は日本代表セッターの深津旭弘、元日本代表リベロの古賀太一郎。マスコットはグレベアくん。22-23年シーズンは10勝26敗の8位。本社所在地は東京・渋谷区広尾。


