プールに懐かしい声が響いた。日本シンクロ界の名将、井村雅代氏(63)が戻ってきた。70年代から日本代表のコーチを務め、シンクロナイズドスイミングが五輪正式競技となった84年ロサンゼルス大会から04年アテネ大会まで多くの五輪メダリストを育てた。その後、中国や英国の代表を指導。今年2月、日本代表のコーチに復帰した。

 若手選手が対象の「チャレンジ杯」のエキシビションに、日本代表が登場。9月のアジア大会(仁川)、10月のW杯(カナダ)に向けた演技を披露したが、その後が「井村流」だった。会場となった東京・辰巳の国際水泳場で、そのまま練習。選手たちに演技前の陸上動作を繰り返させた。

 シンクロの場合、プールに入る前の10秒間、陸上での演技が認められている。その後の水中演技のために大切なパート。その演技のテーマを示し、審判や観客の目を引きつけることが求められる。陸上での演技は採点外だが、これを繰り返すことに井村コーチの「こだわり」を感じた。

 「勝つため」「メダルをとるため」に、一切妥協しないのが井村コーチのやり方。その指導は徹底している。水中練習は1日8時間以上。酸欠で意識を失う選手もいた。何度も何度も繰り返して教える。コーチと選手の我慢比べ。そうやって、日本の五輪メダルを守ってきた。

 かつて、シンクロの同調性について、井村コーチから驚くべき話を聞いたことがある。「1、2、3とカウントする時、海外の選手は1、2、3のカウントで合わせる。日本は1、2、3だけではなく、1と2の間、2と3の間の動きも同調させる」。つまり、点で合わせる海外勢に対し、日本選手は線で合わせるというのだ。チームの8人全員を徹底して同調させるためには、練習しかない。

 練習を一緒に見ていた88年ソウル五輪銅メダリストの小谷実可子さんに「井村さんの練習は厳しいから」と話しかけると「シンクロの練習ですよ。厳しいのが当たり前」と言われた。彼女も、かつてのハードな練習で五輪メダリストになった。厳しい練習の先にしかメダルがないことを、誰よりも知っているのだ。

 よくシンクロ選手の食事は話題になる。長時間の練習を負荷のかかる水中でこなすと、消費カロリーも相当になる。それを補うための食事は、1日5000キロカロリー以上。一般的な女性の2倍から3倍、それほど食べないと体が維持できない。「食べることが練習だった」と多くのシンクロ選手が振り返っている。

 就任した井村コーチがまず着手したのは、選手たちの肉体改造。激しい演技をこなすための体作りで、ハードな練習にも耐えられるようになった。かつての同コーチを知る人たちは「だいぶ優しくなった」と笑うが、その「こだわり」と熱意は変わらない。

 「この選手たちを勝たせてやりたい。それだけや」と笑う井村コーチ。「まだまだダメ。これから」という演技の完成を目指すのは10月だという。12年ロンドン五輪で初めてメダルを失った日本シンクロ界の未来は、今季最大の目標であるW杯で見えてくる。