柔道・大野将平が「勝ち続ける」ことで見た世界 全日本選手権の敗戦には何を見るのか

日本柔道界の顔、五輪2連覇の大野将平(30=旭化成)が4月、体重無差別で争う全日本選手権に挑んだ。73㌔級の中量級の体では絶対的不利を覚悟しながら、何を示したかったのか。

ストーリーズ

阿部健吾

東京五輪柔道男子73キロ級 金メダルを手にする大野将平=21年7月26日

東京五輪柔道男子73キロ級 金メダルを手にする大野将平=21年7月26日

73キロ級VS90キロ級

「表現しきれなかったなあ」

鼻っ柱の擦り傷も生々しい大野将平(30=旭化成)が、わずか数十分前に闘いを終えた日本武道館の畳を見つめながら、唇をかんでいた。眼光はまだ鋭いままだ。

3度目となった柔道の全日本選手権は、命題に掲げた「真っ向勝負」で打ち合った。

90キロ級で同じ大外刈りを得意とする前田宗哉を向こうに、組み手争いという段取りを両者の理念の一致ですっ飛ばして、奥襟を持ち合って、腰は曲がらず、力と力の衝突で道着が引きちぎれそうな錯覚を覚えた。

大外刈りに右足を振り上げるだけで沸騰する場内。終盤は前田の大外刈りに耐えきれずに横ばいに倒されて有効を失い、そのまま敗れた。

不意に大野と1対1で言葉を交わす機会に恵まれたのはその後だった。漏れるように出た「表現しきれなかったなあ」の弁に、意を決して伝えた。

「勝ってほしかった」

リオデジャネイロ五輪で金メダルの大野将平は日の丸に手を当てて君が代を聞く=16年8月8日

リオデジャネイロ五輪で金メダルの大野将平は日の丸に手を当てて君が代を聞く=16年8月8日

それは17年の全日本選手権、同じように90キロ級の選手に初戦負けを喫した後には伝えられなかった思いだった。

16年リオデジャネイロ五輪で持って投げる伝統の日本柔道を体現して金メダルを手中にした約1年後。新たな柔道界の看板の地位も築きつつ、向かえた2度目の全日本選手権だった。

当時も「真っ向勝負」。その果敢さに、敗戦よりも内容をたたえるムードが大半だった。

17年の全日本選手権2回戦で一本負けした大野(右)

17年の全日本選手権2回戦で一本負けした大野(右)

ただ、当人は取材を終えた後に、控室の壁に背中を支え、中腰で30分も考える姿があった。周囲の称賛を安易に言い訳に済ます事を許してない。少し唇をかむ顔から、勝手にそう推測した。

その時は、勝ってほしいなどとは簡単には言えなかった。出場の決断だけで、十分に思えていた。それから5年。あの時たたえるだけで良かったのかなという一方的な思いを抱えていた。

大野が求めていたのは、もっと爆発的な注目度であり、やはり勝つことが重要だと、本人も分かっていただろうと考えていたから。

全日本選手権への覚悟を語る大野=22年4月21日

全日本選手権への覚悟を語る大野=22年4月21日

「負けて学ぶは当たり前」

なぜ勝利に、5年後のいまもこだわって聞きたかったか。それは昨年11月の言葉が決定打だった。

「負けて学ぶことが多いというのは当たり前なんですけど、勝って、考えてそこから学びを得る作業、リオから東京までは勝ち続けるからこそ見える世界というものもあった」

昨年の東京五輪は、メダルの価値が揺らいだ大会だったと思う。新型コロナウイルスの影響で無観客開催となり、欠場を余儀なくされたり、出場できても万全の準備をできたとは言い難い選手もいた。個人的には、敗者の弁により魅力を感じたし、結果を脇に置いてスポーツの価値を探る、感じる事が多かった。だからこそ、ハッとした。

誰もが勝敗を気にせずにスポーツをやり、そこだけに価値を見いだしていいのか、勝敗という結果から逃れ続けていいのか。

「負けて学ぶ」「負けたけど価値はある」

その言説だけ流布するなら、それも異様だ。

では対極に何を配せばいいのだろう。それが大野の言葉だった。

「勝ち続けるからこそ、見える世界もあった」

この日の全日本選手権の試合直後、だから勝ってほしかったと伝えた。

しばし考え込むようにした大野は、こう返してくれた。

「でもさ、なんかいろいろ考えずに、楽しかったんだよね」

東京五輪柔道男子73キロ級決勝でシャフダトゥアシビリ(左)を攻め込む大野=21年7月26日

東京五輪柔道男子73キロ級決勝でシャフダトゥアシビリ(左)を攻め込む大野=21年7月26日

五輪2連覇。5年前より背負うもの、使命感は大きかったと思う。本来なら数カ月前から、重量級との稽古を積み重ね、毎日がケガとの恐怖との日々を連ねなければ戦えないと、本人に聞いたことがある挑戦。

それが4月には負傷を負い、万全ではない中での出場は、競技人口が減少する柔道界への危機感も大きかったと推測する。

それから数日後、大野はツイッターに記した。

「今回が柔道人生最後の全日本選手権、日本武道館での試合になると思います。真っ向勝負、楽しかったです。全日本選手権独特の雰囲気、歓声、拍手が好きです。30歳になり、また頑張ります。とは簡単に言えない年齢になりましたが、また頑張りたいです」

勝ってほしかった。それは変わらない。

ただ、大野があの畳の上で感じたことは、きっとそれ以上の何かがあった。かつて「楽しい」という感情を理解できないと語っていた男が感じた事実。この敗戦に何を見るのか、本人も安直な答えではくくれないはずだ。

22年5月3日、柔道全日本男子合宿で階段ダッシュに取り組む大野将平

22年5月3日、柔道全日本男子合宿で階段ダッシュに取り組む大野将平

3連覇がかかるパリ五輪に向かうかは明言していない。だが、日本のスポーツの中で最も勝利を義務付けられてきた競技の看板である大野だからこそ、見られた世界があり、その先に何を見るのかに興味は尽きない。そこに「表現したい」ものも顕在化していくはずだ。

「ほんと、勝手ですね」。そう、切り替えされるかもしれない。

ただ、追い続けるのをやめる気はない。パリの舞台があろうがなかろうが、男30歳、何を生き様として体現していくのか。