女子57キロ級銅メダルの松本薫(28=ベネシード)は、一進一退の時期を乗り越えて2度目の大舞台を戦い抜いた。ロンドン五輪で金メダルを獲得した後、右肘を手術するなど故障が重なった。休養から本格的に復帰した14年の世界選手権では初戦敗退に終わる。そんな苦闘が続いた松本を突き動かしたのは、温かく、何に対しても希望など言わなかった父賢二さんにかけられた一言だった。

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 ちょうど1年前。昨年の世界選手権前、カザフスタン・アスタナに向かう成田空港にいた松本の携帯電話に連絡が入った。

 「リオに連れて行ってくれ」。

 「わかった」。

 賢二さんは振り返る。「世界選手権は勝って欲しかったんです。五輪前ですから大事だと分かってましたから。ふと、かけました。計算はしません。もうそろそろ出発の日だなと。そうしたらちょうど成田にいましたので」。娘のモチベーションを上げるために、初めて注文を出した。

 その短い一言を受けて戦った世界選手権。娘は見事に世界女王となって応えた。道はリオにつながった。

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 親子の絆。石川・金沢で暮らす調理師の父は、今でも定期的に東京にいる娘に食事を送る。プラスチックの食品保存容器に入れて、温めれば食べられるようにして。遠征が少ないときは2カ月半に1回のペース。リクエストが必ずある。「スペアリブの香味ソース炒め」。骨付き肉の脂肪を完全に抜く。ニンニクショウガは強め。幼少期から好んだ味だ。

 父は「スーパーに出ている肉は全部買いますね。5パックとか。そんなに簡単に作れないので、リクエストがきたら2日間はもらいます」と、恒例行事を説明する。食事を通してつながる親子関係に、松本は「めちゃくちゃおいしいですよ」と感謝は絶えない。サポートをし続けてくれた父の初めての願い。だからこそ、「お父さんのために私は頑張る」と公言してきた。

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 その言葉を受けた父も娘と一緒に戦った。多いときは40本以上吸っていたたばこを控えたのは理由がある。リオまでの長時間フライトに耐えられるように。娘にはなぜ禁煙していたのかは説明していないが、「きついなあ」と明かす顔はどこかうれしそうだった。

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 この日、松本は準決勝で一本負けし、顔色を失った。3位決定戦では相手を射抜くような鋭い視線で襲いかかり、銅メダルを獲得した。「何も持たないで日本に帰れないと思いました」。試合直後、首を小刻みに左右に振って悔しさをにじませた。表彰式を終えると「うれしいのと悔しいのと、甘酸っぱい感じです」と少しだけ笑みを浮かべた。その雄姿は観客席から見守った賢二さんにしっかりと届いた。【阿部健吾】