先日、「アスリートキャリアトーク2018(ACT2018)」にパネリストとして登壇した。

 登壇者は、セカンドキャリアで能動的に活動している人ということで厳選された。例えばパラ陸上車いす中長距離選手で2004年アテネ、2012年ロンドンのパラリンックに出場した花岡伸和さんは現在スポーツ用具メーカー、プーマの社員でもあり、日本パラ陸上競技連盟副理事長で強化委員を務め、早稲田大学でも修士課程を卒業している。

 また、元陸上競技でアジア大会に出場し、現在はスポーツ用品販売などを手掛けるドーム社で、陸上競技のプロモーションを担当している大前祐介さんが私と同じセッションでの登壇となった。どのパネリストも話がおもしろく、キラキラと輝くような魅力の持ち主だ。どうしてアスリートという輝くキャリアを経てなお、今も輝くことができているのか。

ACT2018のイベントに登壇する伊藤華英さん
ACT2018のイベントに登壇する伊藤華英さん

■引退後どこに向かうのか?

 このACT2018は今年で3年目だ。スポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポート推進戦略」の一環として、受託者である独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が主催し、企画・運営しているものだ。

 日本は、2019年のラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピック、2021年には関西ワールドマスターズゲームス、と大きなスポーツイベントを3年続けて迎える。また来月は、韓国のピョンチャン(平昌)オリンピック・パラリンピックだ。そのためか、アスリートをメディアで見ない日はない。

 アスリートたちの努力やパフォーマンスは、元アスリートの私からしても、とても勇気と感動をもらえる存在だ。きっとその努力は果てしないし、見たこともない世界を見ているのだろうと想像できる。しかし、私たち国民に感動や努力することの素晴らしさを与えてくれたアスリートは引退後どこに向かっていくのか。

 近年、アスリートのセカンドキャリアについて課題が多くあると言われ、様々な概念のもと議論されている。今回は、セカンドキャリアならぬ「デュアルキャリア」という概念をベースにACT2018のプログラムが提供された。

 「デュアルキャリア」とは、長い人生の一部である競技生活の始まりから終わりまでを学業や仕事、その他の人生を、それぞれの段階で占める重要な出来事やそれに伴う欲求とをうまく組み合わせていくことであると、2012年に欧州連合のスポーツ教育とトレーニングの専門グループによって発表された。

 一方で「アスリートキャリア」とは長い人生の一部分であると言われ、アスリートであることはその人の一側面であると考えられている。そんな中で夢や人生の目標をどう持つかということがテーマだ。アスリートは、一般的な人生のタイムラインで過ごしていない。

 つまり、中学生で受験をし、高校生では大学入試のために未来を考え、大学に入ると就職活動する時期から人生を考えることが一般的だろう。しかし、多くのアスリートが、思春期と言われる時期にエリートアスリートとしてより競技にまい進していく時期だ。それだけに一般的なタイムラインでは過ごせない。

 オリンピック・パラリンピックを目指す選手は毎日が勝負だ。世界で戦うことは容易ではないことは想像がつく。経験値としては、人が体感できないことをしており、人生の宝物であるに違いない。そんな全てを懸けたキャリアのあとはどうなっていくのか。

 今回ACT2018には私たちのような元アスリート以外にも、現役のアスリートも登壇した。立教大学4年生の若杉遥選手は、12年ロンドンパラリンピックのゴールボールで金メダルに輝き、16年リオでは5位に入賞した。帝京大学2年の中野壮一朗選手は、空手でインターハイ優勝、U-21世界選手権大会男子組手67kg級で優勝している。

 プログラムの冒頭で、中野選手は「まだ学生だし、将来のことはあんまり考えていない」と話した。私自身も振り返って「自分もそうだったかな」と率直な感想だった。同時に、このように現役時代から、将来のビジョンを正直に話せる機会があることも素晴らしいなとも感じた。

 また、ワークショップのプログラムでは、Adeco Groupで「IOC&IPC アスリートプログラム」のシニアバイスプレジデントでもあるパトリック・J・グレノン氏も登壇した。エリートアスリートの「キャリアトランジション(キャリア移行)」を支援するプログラムの開発と推進に2002年から携わり、アメリカのプロリーグ、アメリカ・オリンピック委員会でのアスリートのキャリア支援を経て、IOC・IPCアスリートプログラムの副理事に就任している人物だ。

ACT2018の様子
ACT2018の様子

■自分は何者なのか?

 今回のワークショップで提供されたプログラムは、世界185カ国以上のアスリート(ユース、現役または引退したアスリートを含む)に展開されている。キャリアでの方向性を示すテストや、考え方を紹介してくれた。その中で大変心に残った言葉をいくつか紹介したい。

 “WHO I AM?”

 “自分の人生のOWNERSHIP”

 まずは自分が何者なのか。アスリートである前に自分のパーソナリティーはどういうところにあるのか。もう1つは、自分の人生は自分で決めるというオーナーシップだ。

 競技で成功することを思い描くことの先にも自分の人生が待っている。オリンピック選手の引退の平均年齢は、25歳から30歳と言われていて、そのあと今の社会の基準だと65歳まで仕事をするとしたら、40年から45年以上は人生を歩まなければならない。確実に現役時代より長いということになる。

 私が現役の時、どうだっただろうか? 私は、いつでもアスリートキャリアを辞めてもいいというくらい毎日が充実していたし、15歳から27歳までの日本代表という経験の中で周囲にいたアスリートは、私の人生のヒントになる素晴らしい仲間や先輩、コーチだったと振り返ることができる。

 今、伝えたいことはアスリートは一生輝くことができるということだ。輝く色や場所が異なるだけだ。

 今回登壇した元アスリートたちは、なぜ輝いてみえるのか? きっと自分自身の役割というものを少しでも見つけられているからなのかもしれない。

 現役のアスリートも、最後は「今後について考えられるきっかけになった。いろんな元アスリートの話を聞いてどんな形でもいいんだということが分かった」と話した。今後はいかに自分で考え、自分たちが得た経験や知見を発信できるかが鍵になっていくことだろう。

(伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表)