66年ぶり五輪連覇、GPファイナル4連覇、世界最高得点…現役生活で羽生結弦が残した偉業は数え切れないが、私は彼の最大の功績は、常に新たな次元に挑み続け、フィギュアスケート界の歴史を、前へ動かしたことだと思っている。
1988年にブラウニング(カナダ)が初めて4回転ジャンプを成功させて、男子は「4回転時代」に突入した。羽生の演技は、その30年にも及ぶ時代の完成形だった。
最高難度の4回転ジャンプは完成度が高く、跳躍前後の複雑なステップを実に優雅に刻むため、流れによどみがなく、ジャンプを見事に演技に溶け込ませた。
91年3月にドイツのミュンヘンで行われた世界選手権を取材した。バレエダンサーのように華麗に舞うペトレンコ(ウクライナ)とブラウニングの2強時代。フリーで4回転ジャンプを決めたブラウニングが逆転で3連覇を決めた時、隣のドイツ人記者がノートを机にたたき付けて抗議したのを思い出す。
「ジャンプか芸術か」「難度か質か」。4回転登場以来、この議論が途切れることはなかった。その象徴が10年バンクーバー五輪。ライサチェック(米国)が4回転ジャンプを跳ばずに優勝すると、銀メダルのプルシェンコ(ロシア)は「この種目はアイスダンスに名前を変えなければならない」とかみついた。
4回転ジャンプとスケーティング技術、曲を見事なまでに融合させた羽生の演技は、そんな長きにわたる論争を過去のものにした。
彼に対抗するため、ライバルたちは4回転ジャンプの種類と数を増やすことに力を注いだ。そして、羽生が初めて金メダルを手にした14年ソチ五輪後「新4回転時代」が幕を開けた。
ブラウニングがトーループを初めて着氷させた後、次に難度の高いサルコーが成功するまで9年を擁したが、ループ、フリップ、ルッツはソチ五輪後に成功している。その時代をけん引したのも、ループを初めて成功させた羽生だった。
今年の北京五輪の金メダリスト、ネーサン・チェン(米国)は、4種類5度の4回転ジャンプを成功させて頂点に立った。羽生は3連覇は逃したが、史上初めて4回転半ジャンプ(クワッドアクセル)を跳んだ。失敗はしたが、最後の五輪で、また1歩、時代を前に進めたのだ。
19日の会見で羽生は競技者として第一線を退いた後も、4回転半ジャンプに挑み続ける決意を口にした。まだ27歳、彼なら本当に成功させるのかもしれない。羽生にとって挑戦することは、生きることそのものなのだろう。プロのアスリートに立場を変えても、きっとまたフィギュアスケート界に新たな時代を切り開くに違いないと思った。【首藤正徳】



