今、フィギュアスケート界で最も注目を集めているであろう紀平梨花(16=関大KFSC)を「姫」と呼ぶ先輩スケーターがいる。23歳の細田采花(あやか、関大)は関大が拠点で、紀平と同じ浜田美栄コーチの指導で練習に励んできた。

11月4日、名古屋市ガイシプラザで行われた西日本選手権女子フリー。細田はリンクの上で泣いていた。冒頭はトリプルアクセル(3回転半)と2回転トーループの連続ジャンプで2・08点の加点。続いて単発の3回転半を成功させると、場内がどっと沸いた。

「緊張し過ぎて、どんな演技か覚えていない」と振り返ったが、演技終了と同時に涙があふれ出た。得点発表を待つ「キス・アンド・クライ」では、「パン、パン、パン」と高得点を促す場内の手拍子を聞いた。薄暗い取材エリアで「すごく温かい拍手でした」と感慨深そうに喜んだ。

細田と紀平には「トリプルアクセル」という共通点がある。国際スケート連盟(ISU)公認大会における、女子の成功者は世界を見渡してもわずか9人。2年前、7人目の成功者となったのが紀平だった。

その大技を磨き、12月のグランプリ(GP)ファイナルで初出場初優勝を果たした8学年下の後輩は「面倒見のいいお姉さん。『姫』って呼ぶのは采花ちゃんだけだけれど、もう慣れました(笑い)。トリプルアクセルは采花ちゃんの方が成功率が高くて、朝からバンバン跳ぶんです」と優しい先輩を慕う。

一方で「面倒見のいいお姉さん」は、9人の成功者に名前がない。

「国際大会はノービス(ジュニアの下のカテゴリー)の時に2回ぐらいしか出たことがなくて…」

大阪・吹田市で生まれ、スケートは小3で始めた。長野・野辺山での全国有望新人発掘合宿では、同じ小5の村上佳菜子を見て「私が『2回転ルッツ頑張ろう!』って時に、佳菜子はトリプル(3回転)を跳んでいた」と衝撃を受けた。ISU公認大会とは無縁だったが、大学4年生まで、大好きなスケートにとことん向き合った。

その人生を劇的に方向転換させたのが、紀平だった。

「采花ちゃん、国体終わったら一緒にトリプルアクセルを練習しよう!」

2年前の16年12月、細田は全日本選手権で自己最高の15位。翌1月の国体ではねぎらいの花束を受け取り、競技人生に終止符を打つ流れができていた。それでも紀平との約束を果たすべく、2月に関大のリンクへ足を運んだ時だった。

遊び半分で繰り返した3回転半の練習中、22歳は突然「あっ、降りちゃった…」とその大技を決めた。周囲はそろって目を丸め、次々と助言をくれた。

「どうするの?」

「でも、もう1年、同じ練習ができるの?」

「結果が出なかったら、『去年やめといたら良かったのに』って言われるよ」

1度は「全部やり尽くしたし、もう終わり」と決断したからこそ、細田は悩んだ。最後は自分の意思で休学と、現役続行を決めた。

「スケート界ではおばちゃん」。そう笑わす23歳は17年夏、現役続行を選んだ理由をこう説明していた。

「『ここからでも頑張ったら跳べるんだよ』というのを見せたい。大して格好いいものじゃないけれど『諦めなかった』ということだけには自信があって…。この歳でトリプルアクセルは珍しいらしく『遅咲き』と言われるんですが、『私なりに端で咲いていました』みたいな…。元々は運動嫌いで、家でテレビを見ながら寝るのが大好き。でも、スケートのためなら、陸トレもするし、氷に乗るだけで本当に楽しいんです」

会心の演技と号泣で終えた西日本選手権を6位通過し、シード選手の紀平とともに、明日21日開幕の全日本選手権(大阪・東和薬品ラクタブドーム)に臨む。

「私、普段は歳とか、あんまり気にしたことがないんですよね。浜田チームにはトップレベルの選手がたくさん集まっているし、そのレベルに私がいっていないので、後輩たちはライバルではないし…。チームですかね。『梨花ちゃんが跳んだなら、采花も跳ばな』みたいな。学ぶところは学ぶ。歳は関係ないです」

1年前の全日本選手権はショートプログラム(SP)26位でフリーに進めず、3回転半に挑むことなく会場を去った。その雪辱を誓って突入した「延長2年目」だ。今度はSPから、堂々と3回転半を組み込む。

「私はいつ消えても、誰も何も言わないんです(笑い)。スケートが好きで戻ってきたので、とにかく楽しんで滑りたいです。全日本でアクセルを降りたい」

この取材ノートの結末は、まだ誰にも分からない。だが、西日本選手権の場内の手拍子で証明されていることがある。細田の諦めないスケート人生に、多くの人が勇気をもらっている。【松本航】