Bリーグ新潟アルビレックスBBの来季(24-25年)監督に、OBで18-19年のB1中地区優勝時の主将、鵜沢潤氏(42)が就任することが1日、クラブから発表された。新潟は22-23年にB1最下位でB2に降格、23-24年はB2で最下位に沈み、来季はB3に降格する。鵜沢氏はWリーグのシャンソン化粧品の監督として22-23、23-24年と2季連続でプレーオフ準決勝に導いた。その手腕に組織の改革と将来への道筋をつける役目が託される。大役を引き受けた胸の内を聞いた。【聞き手・斎藤慎一郎】

-監督就任が決まって

鵜沢 ワクワクしています。こういう形で新潟に戻って来られることに感謝しています。女子のチームからも複数オファーをいただいていたのですが、男子でチャレンジしたいという気持ちが強かったです。

-外から新潟を見ていて

鵜沢 ここ数年の低迷は寂しかったですね。お客さんも少ないですし。新潟から(監督の)お話が来た時は「オレが立て直す」と思いました。僕は強かった時を知っています。あれ以上のチームを目指したい。

-立て直すために必要なことは

鵜沢 チームのカルチャーをつくらないと。新潟は国内で最初にできたプロチーム。どういうチームになるべきかをみんなで決めて進んで行く。目標は、まずB2昇格。大前提です。そして新潟の皆さんに愛されるチームになる。地域により根付いて、子どもたちのあこがれになりたいです。現場だけでなく、フロント、会社も含めて掲げた目標に向かって同じ気持ちで頑張っていかないと。

-プレースタイルは

鵜沢 賢くプレーする、ですね。攻守をスマートにこなす。経験値のある選手を主体に若さと元気をプラスアルファする。そうしてケミストリーが起きるように。チーム編成には私も入ります。やらせていただく以上はこういう選手が必要ということを会社に伝えていきます。

-新潟への思いは

鵜沢 選手として名古屋Dで13年、新潟は3年ですが、その3年がすごく濃かったです。みんなが自分の役割を知っていて、チームのためにやるべきことを優先していた。中地区優勝のときは10連勝を2度しています。どんなに競っても最後は勝ち切れる、そのためにチームとしてこうやるべきということが分かっていた。ある意味、楽でした。

-シャンソン化粧品で監督として重視したことは

鵜沢 選手とのコミュニケーションを密にしました。何を求めているかをはっきり伝えて。モチベーション維持は大切です。自分がどう考えているかを明確にする。新潟でも通じることだと思います。逆に新潟での3年間で学んだ、勝つためにそれぞれが何をするべきか、という部分はシャンソンで生きました。

-どん底からのスタート

鵜沢 落ちるところまで落ちた。やるしかないです。将来はもちろん(26年に始まるトップカテゴリーの)Bプレミアを目指します。新潟の皆さんと一緒にその景色を見たいんです。そのためには本当に覚悟が必要です。(旧JBLの)三菱電機時代、朱鷺メッセ(新潟市)で新潟と対戦したんです。5000人のお客さんで盛り上がった景色が忘れられない。今度は僕がみなさんをBプレミアに連れていって、その景色をお見せします。国内初のプロチームなのだから、新潟は復権しなければ。最高の舞台でプレーするチームにします。

◆鵜沢潤(うざわ・じゅん)1981年(昭56)10月28日生まれ、千葉県出身。市船橋高から日体大に進み、04年に三菱電機(現B1名古屋D)に入団。17-18年に当時B1の新潟に移籍し、18-19年の中地区優勝時は主将。20年に現役引退。同年、Wリーグのシャンソン化粧品のアシスタントコーチに就任。23年2月に監督に昇格し、プレーオフで4強。23-24年も2年連続4強に導いた。現役時代のポジションはPF。