<世界陸上>◇16日◇男子100メートル決勝◇ベルリン五輪スタジアム

 【ベルリン=佐々木一郎】9秒40までは出せる。ウサイン・ボルト(22=ジャマイカ)が男子100メートル決勝で、08年北京五輪決勝タイムを0秒11も上回る、9秒58の世界新をマークした。追い風0・9メートルの中、今度は最後まで全力で走りきり、異次元のスピードを披露。チキンナゲットを食べ、交通事故を起こしてもへっちゃらで、年間10億円を稼ぐのが目標という規格外の男は、9秒40まで記録を伸ばすことは可能との見方を示した。

 速くて、強くて、面白い王者は、サービス精神も旺盛だった。レースを終えたボルトは競技場内の取材エリアで、ユニホームのまま世界各国のテレビ局のインタビューをはしご。お願いされれば、弓を引く得意のポーズ「ライトニング」を、汗だくになりながら何度も披露した。引き揚げる時には、レース終了から約50分もたっていた。

 スタート前も「ちょっと下がって」とカメラマンに立ち位置を指示。すると「ライトニング」を決めて、会場を盛り上げた。「THE

 GAME

 IS

 ON!(さあ、勝負だ)」とほえて、スタートラインに立つと人が変わった。

 ボルト

 年がら年中、100メートルを走る練習をしているから、どうすべきかは分かってる。レース前は、みんなに楽しんでもらいたいんだよ。でも「オン

 ユア

 マークス(位置について)」って言われたらすぐ、集中し直すんだ。

 真剣に走った。スタートの反応時間は0秒146。五輪決勝の0秒165より速い。五輪のようなゴール前の「欽ちゃん走り」は封印した。1歩平均2メートル44センチのストライドを駆使し、41歩で100メートルを駆けると、9秒58が出た。7万人の観衆で埋まったベルリン五輪スタジアムは、3年前のサッカーW杯決勝でフランス代表MFジダンが相手選手に頭突きを見舞った場所。ボルトは記録で世界を驚かせた。

 走りは人間離れしているが、ロボットじゃない。レース前は、チキンナゲットを食べた。「(同僚でライバルの)アサファ(パウエル)に『ここにナゲットはないよ』って言われたけど、見つけたよ。いっぱい食べてやった」。五輪の時と同じく、好物をたいらげて走った。栄養管理や食事制限はしていない。腹が減ったら、食べたいものを食べる。それがボルトだ。

 4月には幼少時に大麻を試したことを明かし、非難された。さらに愛車BMWを飛ばしすぎて交通事故。車は大破させたが、無事だった。ボルトによると、事故は「3回くらいある」。地元のフードコートで出会い、7年付き合う彼女の存在も隠さない。プレステが好き。大会前の会見では「会見とかで騒がれるのは、ちょっと面倒くさいんだよね」と言い放った。

 何もかもが、規格外。関係者によると、レースへの出場料は2000~3000万円かかる。各方面からスポンサーが殺到し、母国ジャマイカへの経済効果も計り知れない。「年間10億円を稼ぐことが目標だ」とボルト。国際陸連のディアク会長は「あのカリスマ的な存在感は、カール・ルイス以来だ」と評価する。

 記録は、どこまで伸びるのか。英BBCは、ボルトが「9秒40までは実現可能だと思う」と話したと報じた。奇想天外なショーは、まだ終わらない。