<陸上:ロンドン五輪代表選考会兼ジャマイカ選手権>◇2日目◇6月29日(日本時間同30日)◇キングストン

 男子100メートルの世界記録9秒58を持つ、ウサイン・ボルト(25)がついに敗れた。100メートル決勝でスタートに失敗。後半の追い上げも及ばず、自己ベストの9秒75をマークしたヨハン・ブレーク(22)をとらえきれず、9秒86で2位に終わった。失格以外で100メートルの優勝を逃すのは、ゲイに敗れて2位だった10年8月のダイヤモンドリーグ以来、約2年ぶり。ロンドン五輪出場こそ決まったものの、昨年の世界選手権決勝でのフライング失格から続く「スタート不振」からも抜け出せず、不安ばかりが残る内容だった。

 怖いものなしの「最速男」の神経が、今にも擦り切れそうになっていた。100メートル決勝のスタートライン。ボルトはブロックに足をかけた後も、意識を苦手のスタートに集中させられなかった。「周りの選手の動きがすごく気になった。どうにか無視しようとしたんだけど…」。気にしないようにしようとすればするほど、周囲の動きがかえって目につく。号砲に驚いたように立ち上がった時、大男の姿は横一線をなす周囲の選手から、早くも体ひとつ取り残されていた。

 優勝どころか、五輪出場圏内の3位も危うい状況。だが巻き返そうと力めば力むほど、スピードに乗れないのが短距離走の怖さだ。「60メートル以降はいい走りができたのだけど…」。ようやく本来の走りを取り戻したゴール直前、パウエルをとらえて2位に浮上したが、外側を伸びたブレークには及ばなかった。

 スタートライン上の「魔物」に、いまだ取り付かれたままだ。韓国・大邱で行われた、昨年8月の世界選手権決勝。フライングで失格し、満場のため息とともにレースを去った。「一発失格」の脅威に、もともと不得手なスタートへの苦手意識はさらに強まった。

 今大会もボルトの予選スタート直後、フライングを示す2度目の号砲が響き、会場が大きくどよめいた。失格になったのは別の選手だったが、誰の脳裏にも「大邱の悲劇」がよみがえった。続く準決勝から、スタートライン上で周囲の選手の動きが気になりだした。決勝に進んでも、とうていスタートに集中できるような状況ではなかった。

 ボルトが大邱からスランプに陥ったのと対照的に、その大邱で世界王者になったブレークは絶好調だ。自己ベストを0秒07更新する9秒75は、今季世界最速記録。ボルトも「ブレークは速い。トップスピードの彼に追いつくのは難しい」とうなるしかなかった。

 2人を指導するミルズ・コーチは「今はブレークの方がコンディションがいい。でもボルトも五輪までに調子は上がるはず」とフォローしたが、スタートは精神面が占める比重が大きいだけに、スランプ脱出は簡単ではない。08年北京五輪での衝撃的な金メダルから、世界を驚かせ続けてきた「ライトニング・ボルト」が、2度目の五輪を前に壁にぶち当たった。

 ◆昨年の世界選手権VTR

 ゲイ、パウエルが故障で欠場する中、ボルトは予選、準決勝と後半を流す余裕をみせながら勝ち上がった。世界記録更新の期待もふくらんだが、決勝ではピストルより一瞬早くスタートするミス。リアクションタイム「マイナス0・104秒」のフライングで、前年から適用されていたルールで一発失格となった。やり直しのレースでは、ブレークが9秒92で優勝した。