1月1日は新聞製作を休むため、全国の野球記者が取材をしない唯一の日と言っていい。10年ほど前、元日に巨人内海哲也投手(34)を取材するのが恒例の時期があった。
人影まばらな始発の東海道新幹線で京都へ。京田辺市の河川敷に集合し練習を見守る。昼ごろまで取材し自宅近くの神社へ移動。初詣を見届けて終了、といった感じ。当時はデジタル環境も未成熟で、1日寝かせた原稿は鮮度も落ち、そんなに価値はない。元気な姿を見届け「今年もよろしく」とあいさつするのが主な目的という正月らしい仕事始めが、個人的には嫌いではなかった。
07年の元日は記者が4人。翌年も大差なかった。ただ、芯から冷える京都の北風に身を寄せ合って見守る3人の姿があった。内海の母と新婚の聡子さん、まだおくるみに包まれた長男の瑛太君。懸命に練習する駆け出しの内海からは、「オレが家族を支える」という決意がひしひしと伝わってきた。
苦労して育ててくれた母への感謝を忘れず、地元にお好み焼き店「内海」をプレゼントした。私は担当を離れていたが、近年は元日取材後の記者を店に招待。自分はウエーターに徹していたという。垣根が低く、家族との等身大を報じる記事や写真が定期的に掲載される。4人のわが子に、へばりつくように囲まれている写真なんかはまさに一家の大黒柱といった感じで、非常に好きである。
家人も内海が好きで、新聞やテレビで彼を見つけると「あんちゃ~ん」「心配するな! おいどんが…おいどんが…お前たちを守るたい!」などと、うれしそうに一人芝居している。聞くと「内海さんは『巨人の星』の左門豊作にしか見えない。見た目じゃなくて」と言う。マンガで読んだ印象が何となく重なり、数年前の「マツコ&有吉の怒り新党」で左門豊作の特集を見て、確信を持ったという。大家族のために人生をささげる野球人、何となく言い得て妙ではある。
昨年末、新聞を読んでいた家人が「あんちゃん…」と固まった。右胸骨の内側にテニスボールほどの腫瘍があり、摘出手術を行った報に触れた。幸い大事には至らず退院し「無事か~。良かった」。専属の保田トレーナーに連絡すると「手術が終わって運ばれてくる内海の体が、心臓の鼓動で上下しているのを確認したとき、やっぱり涙が」。長い付き合いである同僚の山口に誘われ、人間ドックを受診したら見つかったとのこと。持つべきものは友である。
彼の性格から言って、手術は遅れと受け止めて、正月返上で調整しようとするだろう。自重し、慎重に歩んでほしいと強く願う。あれだけコツコツと磨き上げてきた技術と体力は太く、簡単には折れない。大黒柱が倒れるなんて、あってはならないことだ。【宮下敬至】
◆宮下敬至(みやした・たかし)99年入社。04年の秋から野球部。担当歴は横浜(現DeNA)-巨人-楽天-巨人。16年から遊軍。


