レスリング女子55キロ級で五輪3連覇を含む世界大会14連覇中の吉田沙保里(31=ALSOK)の父栄勝さんが11日、くも膜下出血のため急死した。61歳だった。早朝、三重県内の高速道路の路肩に止まった車内で倒れているのが発見された。吉田はこの日から、W杯(15、16日、東京・板橋区)に向けた合宿に参加予定だったが、急きょ実家に戻り、悲しみの対面を果たした。栄勝さんの遺志を継ぐため、家族は吉田のW杯出場の希望を持っている。
あまりにも突然だった。「お父さーん!
なんで…。なんで…」。午後1時過ぎ、栄勝さんの遺体は、三重県津市一志町にある実家のレスリング道場に安置された。その横で、吉田は大声を出して泣き崩れていた。
栄勝さんは11日午前7時15分ごろ、津市小舟の伊勢自動車道上り線の路肩に止まった車内で、ぐったりと倒れているのを、別の車の運転手に発見された。病院に運ばれたが、死亡が確認された。三重県警高速隊によると、車の前方に傷があり、中央分離帯に接触後、300メートル先の走行車線左側のガードレールにぶつかって路肩に停車したとみられる。現場は津インターチェンジから南に約500メートル。この日始まったW杯合宿に向かう途中だった。
高速隊は、運転中に発症して路肩に車を止めようとし、停車後に完全に意識を失ったとみて調べている。愛知県レスリング協会の乙守豊理事長(60)は「『血圧が高く、薬を飲まないといけない』と言っていた」と話した。次男の栄利さん(33)によると、半年前から名古屋市内の病院に通院していたそうで「なんとかハンドルを切り、ほかの人を巻き込まないようにしたのだと思う。最後まで、生きざまを見せられたのかな」と、しんみりと語った。
栄勝さんより一足早く、栄監督らと車で大学を出た吉田に訃報が届いたのは午前9時すぎ。栄監督の携帯電話を受け取ると号泣し、近くの静岡・掛川駅から新幹線で実家へ向かった。午後1時半ごろ着くと、約30分前に到着していた遺体と対面。前夜、電話で「一緒に行くか」と聞かれて「別々に」と答えた。それが、最後の会話だった。
栄勝さんは吉田にとって「絶対の存在」だった。3連覇した12年ロンドン五輪では「金メダルで父を肩車したい」と公約し、実現した。心の穴は大きく、日本レスリング協会を通じ「しばらく、そっとしておいてください」とコメントを出した。午後11時前に69キロ級代表の土性とともに弔問に訪れた栄監督は「泣いていて、声がかけられなかった」と話した。
栄利さんは15日に始まるW杯について「家族としては出てほしい。オヤジの意向は試合に出ること。言葉を掛けるとしたら『お前にはお前の仕事がある。試合に出ることが家族の夢、オヤジの夢でもある。それをかなえてほしい』」。心を鬼にして願った。栄監督は「本人の決断を待ちたい」と、出欠は吉田に任せた。
告別式は14日午後。出席してからだと、午後5時からのW杯出場選手メディカルチェックに間に合わない可能性もある。吉田の憔悴(しょうすい)ぶりに「出るかどうかは半信半疑」と話した栄監督だが「吉田が出場を決めれば、審判長に話をして、30分でも1時間でも遅らせてもらえるようにしたい」と、愛弟子を気遣った。【今村健人】
◆吉田栄勝(よしだ・えいかつ)1952年(昭27)3月22日、八戸市生まれ。八戸電波工(現八戸工大一高)でレスリングを始め、73年日本選手権57キロ級優勝。同年の世界選手権代表。専大卒業後に三重県に職員として就職、自宅にレスリング道場「一志ジュニア教室」を開き、娘の吉田沙保里ら多くのジュニアを育てた。08年に女子日本代表コーチに就任、現在は至学館大コーチも務める。


