人類初のクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)は成功しなかった。転倒した。3連覇の可能性も消滅した。それでも、私は羽生結弦が誇らしかった。五輪という大舞台で、失敗を恐れず、自分を信じ、異次元に挑んだのだ。フィギュアスケート男子フリー。演技を終えて、観客に頭を下げるテレビの中の羽生に向かって、心の中で拍手した。
「もう一生懸命やりました。正直、これ以上ないくらい。報われない努力だったかもしれないですけど」。試合後の彼のインタビューを聞いて確信した。羽生の未知なるものへの挑戦は、順位やメダルを超越した次元にあったのだ。金メダルを2つも手にしてなお、極限でギリギリまで挑む道を選ぶ。彼はそこに生きる意味を見いだそうとしていたのかもしれない。
フリー開始直前にテレビでネーサン・チェン(米国)のインタビューを見た。彼は「羽生選手が挑戦しているのは“神の領域”です」と敬意を込めて語った。4回転半ジャンプは、フィギュアスケート界が新たな領域に踏み入るチャレンジでもあったのだ。もっとも多くの種類の4回転ジャンプを跳ぶ金メダリストにとっても、羽生はライバルではなく、別格の存在だった。
五輪の歴史は、人類の肉体と精神の成長の歴史でもある。象徴的な新技が、限界点を伸ばしてきた。回転レシーブ、月面宙返り、バサロスタート、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)…失敗はしたが、羽生が挑んだ4回転半ジャンプも、国際スケート連盟が公認大会で初めて認定した。将来、フィギュアスケートの歴史を振り返ったとき、北京五輪の羽生のジャンプも、時代の一里塚になっているのだと思う。
「全部出し切ったというのが、正直な気持ちです」。試合直後、彼はまずそう切り出して、大きなため息をついた。すべてを燃やし尽くしたのだ。自分を追い込み、耐え、貫いた末に、誇り高く負けた。3連覇の夢はついえたが、その神話は輝きを失うことはない。そんな羽生結弦の競技人生に金メダルをあげたい。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)



