「コロナでだいぶ生き方の考え方が変わりました」。そう話してくれたのは、元アメリカンフットボール選手の坂口裕一朗さんだ。

Xリーグの強豪である富士通フロンティアーズ、IBM BIGBLUEでプレーした。現役時代はもちろん応援していた。選手としてもそうだったが、彼自身の考え方がユニークだし、セカンドキャリアやデュアルキャリアの支援などの側面から見ても、きっと引退してからも独特なキャリアを歩んでいくだろうなと私は思っていた。結果も大事だが、引退後のキャリア、人生について自分の哲学を持っているアスリートは、本当に私自身も勉強になる。

2017年、社会人日本一を決めるジャパンXボウルを最後に現役を終えてから、大手スポーツメーカー2社を経験するなど、多くの経験を積んでいる。


「ハイブリッド生活」を始めた坂口裕一朗さん
「ハイブリッド生活」を始めた坂口裕一朗さん

今回、取材しようと思ったきっかけは、現在働いている場所だった。それは彼の地元でもある埼玉県の秩父郡にある長瀞町(ながとろまち)。その街づくりをメインに、プロモーションや企画に携わり、その他のスポーツイベントなどのプロジェクトにもかかわっている。

私も埼玉県出身だし、大変興味がわいた。長瀞町は川を下っていくラインくだりが有名で、日本の桜名所百選に選ばれるほど春には桜がきれいな場所だ。


年明け、埼玉県が人口で転入が転出を上回る「転入超過」全国1位とのニュースがあった。このコロナ渦でのリモートワークの推奨、定着による生活様式の変化の結果であると思う。不動産業の方に聞いても、家を購入する人が増えたと話していた。家にいる時間が増え、多くの人たちが、快適な空間を求めているということだ。


「長瀞町へ移住したんですか?」と坂口さんにそう質問すると、「ハイブリッド生活です」。都心と田舎を行き来することだ。1カ月の半分は長瀞へ、半分は都心へ。そんな生活をしているそうだ。ハイブリッド生活は、デメリットを極限までなくしたスタイル。コロナが去年の今ごろはやり始めて、自分の人生を改めて考えたという。

明日何があるかわからない。今あるものがなくなるかもしれない。これからをしっかり考えていきたいと動き始めた。昨年7、8月あたりから地方の仕事を調べ始めたという。湘南などでワーケーションも何度か経験した。探し始めると、岡山のみかん農家などさまざまな場所で人を募集しているのを知った。

しかし、彼の28歳という年齢では「完全移住はまだ早い」という思いもあり、通える範囲を探した。都心に近い田舎町を探していたら、長瀞町役場の求人を見つけたそうだ。

そもそも、坂口さんは大学のコミュニティー福祉学部で地域福祉を学んでいる。そんなことが現在につながっているのかもと言っていた。スティーブ・ジョブズが言った「Connecting The Dots」(点と点をつなげる)の言葉が正しいかもしれないと。どこかで何かがつながり、現在にまでつながっていくんだと実感しているという。


半分は長瀞町で働く
半分は長瀞町で働く

何かを始めてみようと思っても、なかなか1歩足が出なかったりするが、彼の「人生を真剣に考えて動く力」は、アスリートとして活動してきたことがベースにあるようだ。目標に向かって、勝利に向かって頑張ってきた現役時代。しかし引退したあとは、確実な勝利に向かって生きていけるわけではない。それでも人生において目標を持ち、頑張っていく生き方をしたいと考えていた。

そんな中、長瀞町に出会った。情報やものがあふれる現代で、社会の価値観に疑問を持ったという。彼自身が重要視するのは「自分の物差しを持つ大切さ」。豊かさを一般的な社会の物差し(価値観、定義)で決めないことだ。

現役を引退して4年、しかもまだ20代という若さ。彼のように自分の人生を自分で構築していくスタイルは、この時代に生きる、さまざまな世代に刺激になるに違いない。

(伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表)