私が本を読むようになったのは、現役時代の挫折がきっかけだ。

2008年のオリンピックを経験した後、漠然とした不安や、やる気の喪失、頑張る意味などを忘れかけた時期があった。それでも目標を見失いたくないと思い、必死にやる気スイッチを探した。そして、行き着いた先が本だった。


潮田玲子さん(左)のラジオ番組に出演した際の筆者
潮田玲子さん(左)のラジオ番組に出演した際の筆者

初めはメンタルに関係がありそうな本をとにかく片っ端から読んでみた。同じアスリートの方の本や、悟りを開いたようなお坊さんの本。モヤモヤとすっきりしない心を言語化してくれる言葉がないかとさまざまな本を読んだ。「そうだな」とか「なるほど」と共感できるものはたくさん見つかった。でも、私の心にスーッと染み込んで解決してくれるようなコレといった言葉は見つからなかった。

何が正解なのか、どうしたら自分が納得のいく答えにたどりつくのか分からなかった。考えれば考えるほど自分の心の中にある糸が、どんどん複雑に絡み合っていくような感覚に襲われた。

そこで、考えるのをやめた。

そして、スポーツとも、メンタルとも関係のない、小説を読んでみる事にした。

東野圭吾さん。

私がこんな状態にならなければ絶対に手に取らなかったジャンルの本だ。子供の頃からホラーや殺人ものは大の苦手。ほとんどテレビでも見たことがない。それでも面白いからと知人に勧められ、疑いながらも読んでみた。それがいい意味で、私の期待を大きく裏切ってくれたのだ。

ご存じの方も多いと思うが、東野さんの本の多くは、殺人ミステリー。それまでは苦手だったが、本のいいところは、どのシーンも自分の想像の範囲内で留められるところだ。だから読めた。東野さんの本はどれも、ラストが近づけば近づくほど面白く、読み終えるのがもったいないと思うくらいだった。気づけば数時間もたっているというほど本の世界に引き込まれ、読み終えると毎回なんとも言えない充足感に浸ることが出来た。

「これだ」と思った。私には競技から離れる時間が必要だったのだ。競技の事を考えようと思えば、夢の中でまで考えられた。それが自分の心を苦しめていたということに気がついた。


潮田さんとおすすめ本を交換
潮田さんとおすすめ本を交換

日本代表になると海外遠征も多く、移動や空き時間に本を読んでいるアスリートも多い。引退後も本を読んでいる親しい友人はたくさんいる。その中の1人が、元バドミントン選手の潮田玲子さんだ。

現役時代から引退した今でも仲良くさせてもらっている、尊敬する女子アスリートの先輩の1人。そんな玲子さんも本が大好きで、昨年末に、お互いの持っているおすすめ本を数冊ほど交換した。大好きな玲子さんと本での繋がりを持てた事もうれしかったし、自分では選ばないような新たな本との出会いにも、とてもわくわくした。

苦しかったスランプが、こんな未来を準備してくれているとは思いもしなかった。

「過去は変えられる」

私はよくそう思う。つらい経験が、未来では「経験して良かった出来事」に変わるかもしれない。そう思うと、今あるつらい出来事も「なにか意味があるかもしれない」と、乗り越えられる気力が湧いてくる。


書店は「自分探し」の場所でもある
書店は「自分探し」の場所でもある

今では時間があると、ふらっと本屋へ行くことも多い。それは、無意識で自分の考えている事や興味のある本のところへ連れて行ってくれるから。自分を簡単に知れる方法の1つだと思っている。ぜひ皆さんも自分探しに試してみてはどうだろうか。

(中川真依=北京、ロンドン五輪飛び込み代表)