「だったら川淵三郎氏でよかったのに」。この2、3日、何度かそんな声を聞いた。組織改革への手腕やリーダーシップは申し分ないし、オリンピック(五輪)代表の元アスリートでもある。何より政治色のないスポーツ界を代表する改革の旗手。確かに前会長が直接後継指名していなければ、有力な会長候補だったはずだ。もう、後の祭りだ。
前会長の女性蔑視発言に端を発して、コロナ禍で冷えきった国民の目が、再び五輪に向けられた。旧態依然とした男社会、首相経験者の威光による支配構図、あしき日本社会の構造そのものに世論はNOを突きつけた。後任には透明性のある選考で選ばれた、新しい旗振り役を期待した。五輪はスポーツを通じた平和の祭典。私はスポーツ界のリーダーを待望した。
それが候補者検討委員会のメンバー8人は選ばれた理由も名前も公表されず、会議の場所さえ伏せられた。そして密室での候補者選定にスピード決着。背後の権力が透けて見えるようで、最初から結論ありきで誘導されたと思われても仕方がない。前会長の身内が入ったコップをかき回しているようにも見えた。
国家事業にまで肥大化した五輪は政府の尽力なくして開催できないが、政治が目立ちすぎた。1年延期を決めたのも安倍首相とIOCのバッハ会長の電話会談。スポーツの影はすっかり薄れ、気が付くと大会の旗を振っているのは政治家ばかり。開催の是非が、政権への賛否に直結する危うい空気に変わっていた。この流れを断ち切るためにも、後任には政治と距離を置く人が適任だと感じていた。
会長交代は日本社会の古い体質を変えるチャンスでもあった。新しいリーダーの選考段階から、日本の未来像を発信できていれば、冷えきった五輪の熱に再び希望の灯をともせたかもしれないし、何より東京大会の大きなレガシーになったと思う。それができなかったのは、変われない日本社会の限界だろう。
会長が代わっても、コロナ禍の厳しい状況に変わりはない。依然として大多数の国民が開催に不安を訴えている。新会長は政治家ではあるが、偉大なオリンピアンでもある。アスリート目線に戻って、現実から目を背けることなく厳しい世論に謙虚に向き合ってほしい。そして、なぜ今、五輪を開催するのか。開催ありきの政治家目線ではなく、スポーツ界の代表として国民に寄り添ったメッセージを発信してほしい。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)



