【あの日あの1面 1970年代の阪神】「史上初」競演 江夏豊の延長ノーノー&掛布雅之の球宴3連発 

江夏豊と掛布雅之。25歳の私でも「知ってる」と胸を張って言うことができるレジェンドです。「名場面は?」と聞かれれば、即答で「江夏の21球」と「バース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発」と答えますが…世代に応じ、複数の名場面を持っているのが大物のすごみ。インクのにじみに味わいを感じる紙面とともに、半世紀ほど前にタイムスリップしてください。

傑作選

昭和の先輩記者たち

史上初の快投 11回ノーヒット・ノーラン

【1973年(昭48)8月31日付 日刊スポーツ紙面から】

阪神江夏豊投手は三十日、甲子園球場での対中日二十回戦で延長十一回ノーヒット・ノーランを達成した。延長戦でのノーヒット・ノーランはプロ球界初の偉業。しかも江夏自らのサヨナラ・ホーマーという劇的なものだった。ノーヒット・ノーランは今季両リーグ二人目でセでは初めて。通算(完全試合を含めて)では三十四人目、三十八回目。セでは二十人目、二十三回目。江夏自身としては初の快挙。走者は四死球の二人だけ。阪神は一日で首位奪回、巨人は三位ながら阪神に0・5差と食い付いている。

■劇的!自ら首位奪回のサヨナラ・アーチ

かすかに残るエネルギーを江夏は十一回の打席にかけた。もう左肩はとっくに限界を超えている。もし、その回の攻撃がゼロに終わるようだと、あとの頼みは気力だけだ。重い足を引きずりながら江夏は、イチかバチか、勝負に出ようと考えた。

初球だった。平凡な速球が胸元に流れて来る。一瞬、江夏は"これだ"と思い、ありったけの力をバットにこめる。

「アッ」マスク越しの木俣の悲鳴と、乾いた金属音は同時だった。夜空に高々と舞い上がる白球。それは快記録の夢を乗せながら、右翼ラッキーゾーンいっぱいにゆっくりと落ちていった。

一塁ベースを回ったあたりで江夏が、思い切り両こぶしを突き上げる。飛び上がろうとしても飛び上がれない。あまりのうれしさにそれだけのポーズを取るのが、精いっぱいなのだ。

■その一瞬、狂喜のベンチ

沈んでいたベンチも、その一瞬、ハチの巣をつついたような騒ぎに変わる。ノーヒット・ノーランのうえにサヨナラ・ホームランの離れ業。一斉にベンチを飛び出すナインの顔には、勝利の喜びより、むしろ超人的なヒーローに対する驚異の色さえ浮かんでいた。

「まさか入るとは思わんかった。ストレートがきたから思い切り振ったんや。それだけや。ノーヒット、ホームランもピンとこん」荒い息遣いでそれだけいうとヘナヘナとベンチの壁にもたれかかった。

二十日のヤクルト戦(神宮)から中一日で対大洋。中二日で対広島、再び中二日で対中日。そして中一日でこの夜と、毎夜のようにマウンドが待っている。とても延長戦のノーヒット・ノーランなど達成できる背景じゃなかった。

「おまけに五試合連続の延長戦の登板や。はっきりいうて今日も内容なんてどうでもええと思っとった。少々点を取られても勝ちゃオレの仕事は果たせる。それだけやったんや」

■耐えた孤独のマウンド

できるだけ球数を増やさず打たせて取る。たんたんとそんな感じで投げていたらいつの間にか回は後半。しかもノーヒットだったというのである。

大記録とはそういう無意識の状態から初めて達成できるものかもしれない。絶好調でスピードもある、そういう形でマウンドに上がっていたら「きっと早い回につかまっていたやろう」と江夏自身もいうのである。ノーヒット・ノーランもサヨナラの一発も無欲から初めて生まれたものだからだ。

「二回やった。木俣に7球ファウルで粘られてクソッと江夏が燃えたのが、受けていてはっきりわかったよ。ああいう力のあるピッチャーいうのは、ちょっとした刺激で計り知れない力を出すもんや。ボールのキレも中盤からは、えらくよかった」

そういう辻と江夏は、田淵以上に呼吸の合うバッテリーだ。前半ストレート中心、後半カーブ中心に切り替えた辻のリードを「抜群のひらめきやった」と江夏はさかんにたてるのである。

■華麗なるワンマン・ショー

やれスピードが落ちた、やれ巨人に通用しない、と評価を年々下げながら七年目にやってのけた大記録。やはり江夏はじっと我慢しながら速球派からの転機をひそかに図っていたともいえそうだ。

「そら、疲れがないなんていうたらウソになる。そやけど今年ももうちょっとや。今日のことを励みにまた馬力をかけるしかないな」

三十一日からは舞台を後楽園に移して巨人戦。インタビューの最後にそれを自ら切り出したあたりにも、大記録達成の秘密があるのかもしれない。【西本】

延長11回裏、自らのノーヒットノーランの祝砲となるサヨナラ本塁打を右越えに放った。手前の投手松本はガックリ=1973年8月30日

延長11回裏、自らのノーヒットノーランの祝砲となるサヨナラ本塁打を右越えに放った。手前の投手松本はガックリ=1973年8月30日

残念、無念、松本!

松本の"最期"はあまりにも悲劇的だった。十回まで3安打の好投もフイ。江夏の一発に泣いた。マウンド上でぼう然と立ち尽くし、江夏がホームインしてから、フラフラとした足取りでベンチへ戻ってきたが顔面はそう白。「内角高めのストレート、ちょっと甘かった」とポツリ。"無手勝流"のピッチング同様ヒョーヒョーとしたところが、持ち味の松本。"地獄"へ突き落とされたようなこの試合はショックが大きい。とても冷静ではいられなかったのだろう。「チキショー!ついてない」通路の壁をけりつけて、怒りをこえるのが、精いっぱいのようだった。

史上初の快挙 球宴3打席連続ホームラン

【1978年(昭53)7月26日付 日刊スポーツ紙面から】

阪神の若武者掛布が球宴新の三打席連続ホーマーをかっとばした。第三戦は1勝1敗のあとをうけて二十五日、後楽園球場で行われ、全セの長打力が爆発。8-5と快勝した。全パは二回南海藤原の球宴史上3本目のランニング・ホーマーで先行したが、全セは四回掛布の一発で反撃を開始、五回ヒルトンの左翼線三塁打、掛布の二発目で大量5点を奪って逆転に成功。掛布は八回にもダメ押しの3本目を放ってみごとMVPに選ばれ、日刊スポーツ新聞社の殊勲選手トロフィーを受けた。これで通算成績は全セの29勝43敗3引き分け、プロ野球は二十八日から後半戦に突入、再開する。

◇ ◇ ◇ ◇

掛布の意地が勝った、願いが実った。自分の夢想をはるかに越えた大きな形で。出た、打った、放った。球宴史上初の三打席連続のホームラン。「いい形でヒットを打ちたい。それだけを念頭にしていたんですが……。しかし、こんなにガンガン打てるとは、とにかくホントによかったです」ラジオ、テレビ、新聞社と何度も続くインタビュー。しまいにははにかんで掛布はツメをかんでいた。

■全セの3番、見事に果たす

前日二十四日の球宴休日。出場五十六選手中、練習を行ったのはこの掛布一人だった。甲子園残留部隊に交じって掛布は80本の打ち込みを行っていた。無口な掛布は簡単に自分の胸の内を明かそうとはしない。しかし、この日の行動がその胸の内を雄弁に物語ってはいないだろうか。

三強三弱の形となったセの中で、阪神は勝率3割台の死んだトラである。その阪神にあって掛布は3割2厘、22ホーマーと働いているが、世間の評価は低かった。ファン投票でもヤクルト角の後じんを拝する結果だ。第一戦が3の2、第二戦が4の2と打っても掛布の無念は晴れなかった。「おれは黙っていられない」掛布の顔にはそう書いてあった。長島監督が全セ三番の座に抜てきしたのも、その異常なまでの気迫を読み取った上だろう。

しかし、その掛布の胸は晴れた。この一発、二発、三発のホームランで。最終第三戦の後楽園でモヤモヤは一気に吹き飛んでいった。球宴第1号は四回、佐伯から。続く2号は五回、佐藤義から。そして3号が八回、山口からであった。三塁側スタンドで拍手、狂喜している泰治さん(六一)てい子さん(五九)の両親の姿が見えた。

■佐伯、佐藤義、そして山口

「うまく打たれちゃった。広島時代からうまいとは思っていたけど、リストが強いんだなあ」と佐伯。「真ん中にいっちゃったが、いいバッティングをするもんですね」と佐藤義。山口はバッテリーを組んだ中沢と「こいつにだけは打たせんぞ。ことにホームランはな」とフンドシを締め合っていたのだが、打たれたあとは「おれはダメな男よ」と自ちょ気味の笑いを浮かべるばかりだった。

「セを代表するスーパースターになったな。三番打って憶することなく、三連発なんていう離れワザを演じるんだものな……」といって長島監督は絶句。四番を打った王は「あれだけ目の前で打たれると、ついこっちまでリキんじゃって」と押されっ放しの気分でいたことを告白した。ONそろって脱帽だが、印象的だったのはその王のアドバイスするシーンだ。

■文句なしの打撃賞 打ちまくった「10の7」

2本目-佐藤義から打つ直前。佐藤義がマウンドでウオームアップの間、王がツカツカと掛布に近寄るや「いいか、この佐藤は内角にストンと落ちる球がある。それを打たされるんじゃあないぞ」と。掛布はウエーティング・サークルで直立不動の姿勢で聞いた。

「王さんは雲の上の人。その王さんからこの春、テレビ対談した時。"キミはヒットだけねらう小さな打者になるな"といわれたんです。それをふと思い出しました」と掛布はいう。王にもやがて終えんの時がくる。その王の後継者としてセに、日本プロ野球界に君臨するのはだれか。それは掛布ではないのか。暗示的な光景でありそして暗示的な掛布の鮮やかな新記録達成だった。

「この調子で後半戦ガンバリたい。それ以外になにもいうことはないです」といい切る掛布に、スタンドから「カケフー、後半戦はなんとかしてくれよ、打てよー」という声がいくつも飛んだ。阪神の最下位にがまんならない阪神ファンか。いや、日本中のプロ野球ファンの叫びだったのではあるまいか。【政】

日刊スポーツ新聞社トロフィーを手にニッコリ

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