フィギュアスケート女子のマリア・ソツコワ(ロシア)が8日、20歳で現役引退を表明した。174センチの長身スケーターが最も輝いたのは、17年12月のGPファイナル名古屋大会だっただろう。

ソツコワは、18年平昌(ピョンチャン)オリンピック(五輪)金メダルのザギトワ、同銅メダルのオズモンドの間に入って、2位。メダリスト会見では「私はとても幸せ。去年は5位だった。2度目のGPファイナルで表彰台に上がれたことが幸せです」。2カ月後に平昌五輪を控え、高揚感が伝わってくる笑顔だった。

ロシア勢の中でも、異質の存在だった。メドベージェワ、ザギトワ、4回転ジャンプを操るトルソワらはエテリ・トゥトベリゼコーチに育てられた。メドベージェワはタノジャンプ(ジャンプ中に腕を上げる)、ザギトワは連続ジャンプ後半のループ(セカンドループ)などジャンプを得点源として頭角を現した。しかしソツコワは、エテリ門下生ではなかった。

メダリスト会見では「エテリ軍団」をどう思うか、も聞かれて「強いグループがいることで、私も強くなっていける。後輩が先輩に勝つことはスポーツの世界ではあること」とおっとりとした答えを返した。ソツコワの長い手足を生かした優雅な演技は、勝負にこだわって高難度化に突き進む「エテリ軍団」と一線を画していた。憧れのスケーターというコストナー(イタリア)をほうふつとさせる滑りだった。

GPファイナルと同時開催されたジュニアGPファイナルでは、トルソワが4回転サルコーに挑戦、紀平が女子初の3回転半-3回転トーループを成功した。ソツコワは、4回転ジャンプや3回転半への挑戦について聞かれると「こんな若い選手がトリプルアクセルや4回転サルコーに挑戦するのを見ると尊敬に値する。自分も頑張ろうという気持ちになるが、今季は(平昌五輪があり)大事です。責任感もある。何かを試すなら、来季以降になります」とやんわりと否定した。

ただ2カ月後の平昌五輪はSPで出遅れて8位だった。その後は一気に世代交代が加速した。平昌金のザギトワ、同銀のメドベージェワでさえ、競技会では苦境に立っている。14年ソチ五輪金のソトニコワ(ロシア)18年平昌銅のオズモンド(カナダ)も引退した。ソツコワが「残念ながら、全てがいつかは終わるのです」と決断したのは、急激に変化していく女子の現状も理由だったのだろう。

新型コロナウイルス感染拡大で、国際スケート連盟は、ジャンプの基礎点を変更する新基準の導入を見送った。後ろ踏みきりで最も難しいとされるルッツは高い得点が維持された。22年北京五輪では、勝つために、4回転ルッツに挑戦する選手も増えるだろう。技術の進歩は、スポーツの醍醐味(だいごみ)でもある。ただ一方で、ソツコワのゆったりとした滑りに目を奪われたことが懐かしくなることもある。【益田一弘】

◆益田一弘(ますだ・かずひろ)広島市出身、00年入社の44歳。五輪は14年ソチでフィギュアスケート、16年リオで陸上、18年平昌でカーリングなどを取材。16年11月に五輪担当キャップとなり主に水泳を取材。