【虎のお家騒動②巨人V9→甲子園大暴動】モノクロームが際立たせる恐怖 王貞治の右ほおにアッパーカット

今年の阪神は騒がしい。矢野監督の退任表明に、開幕9連敗。過去にもいろいろありました。15年に掲載した大型連載「猛虎の80年」から衝撃の事件簿を復刻。第2回は「巨人V9で甲子園大暴動」です。(2015年2月1日掲載。所属、年齢などは当時。本文敬称略)

傑作選

松井清員

今から42年前、阪神と巨人が競り合い、最終戦の勝者が優勝という劇的シーズンがあった。

■1973年10月22日 最終決戦で大惨敗

1973年(昭48)10月22日の甲子園。首位阪神を0・5差で巨人が追い、プロ野球史上初の最終戦直接対決となったV決定戦だ。この試合が96年巨人―中日の「10・8」のような名勝負に数えられないのは、虎の惨敗が大きいだろう。むしろ負の事件として語り継がれている。

完封の巨人高橋一三は、最後の打者カークランドを三振に仕留めると、自軍ベンチ目がけて猛ダッシュした。セ・リーグ9連覇を達成した監督川上哲治を胴上げするためではない。逃げるためだった。

完封勝ちで優勝を決めた巨人高橋(中央)は、なだれ込んだファンを避けベンチに走る

完封勝ちで優勝を決めた巨人高橋(中央)は、なだれ込んだファンを避けベンチに走る

先発上田二朗(次朗)が1回 0/3 でKOされるなど0―9。9年ぶりVを信じていた虎党は試合中から殺気立ち、当時低かったフェンスによじ登って乱入のタイミングを計っていた。

試合終了と同時に数千人がなだれ込んだ。当時の日刊スポーツは「王の右ほおにアッパーカット。牧野コーチは脇腹を蹴られ、川上監督は100メートルダッシュでバスに駆け込んだ」と伝える。

■川藤幸三の苦い記憶

左翼で途中出場した川藤幸三(65=阪神OB会長)にも苦い記憶だ。

川藤 恥ずかしい話やけど、大差だから早めにバットや道具をまとめて、終了と当時にロッカーに逃げ上がった。だから阪神は誰も殴られていないと思う。球場外でも騒いどったから、最後は金田監督がファンに謝った。ワシらも江夏さん、ブッちゃん(田淵)の黄金バッテリーに藤田平さんの〝御三家〟がおって優勝確実と思っとったから、情けなさ過ぎて放心状態や。2日前の名古屋も、仙さんがホイホイ打てと投げてくれたのに金縛り。これが優勝慣れした巨人との違いか、みんなコチコチだった。

阪神は、2日前の10月20日の中日戦に勝つか引き分けでも優勝だった。だが打線は先発星野仙一に凡打の山。星野は試合後「今年の勝ち星で一番うれしくない。阪神に優勝させてやりたい気持ちが強かった」と語っている。

最終戦で巨人のV9が決定。阪神ファンがグラウンドになだれ込んだ

最終戦で巨人のV9が決定。阪神ファンがグラウンドになだれ込んだ

一方、王ら巨人ナインは、大阪に向かう新幹線でラジオにかじりつきだった。夕刻、ちらっと見える中日球場(現ナゴヤ球場)の側を通過した時には、先発の江夏豊も攻略した中日の勝利目前で大騒ぎ。名古屋駅着とほぼ同時に、TG最終決戦が決まった。

■疑惑の中日戦 中3日で江夏

本来の先発予想は、この年中日に8勝1敗の上田二朗だった。だが監督金田正泰の選択は、同3勝1敗の江夏。中日球場では前年から3連敗で、しかも中3日だった。

川藤 ローテ順通りなら、中日戦が二朗さんで巨人が江夏さん。でも急きょ変わった。理由は俺ら下っ端の若手にはわからんかった。

巨人ナインは宿舎でやっと胴上げ。王貞治も室内で舞った

巨人ナインは宿舎でやっと胴上げ。王貞治も室内で舞った

上田の体調不良が原因だったともいわれる。だが江夏は、中日戦の前日に球団首脳に呼ばれ、衝撃の言葉をかけられたと自伝『左腕の誇り』で明かしている。

「あしたの中日戦には勝ってくれるな」

「勝つ(優勝する)と金がかかるから。監督も了承している」

江夏は「わざと負けることなんでできない」と激怒して退席。いろんな意味で阪神の〝自滅〟がV9をアシストしたことは間違いない。

川藤 優勝のチャンスなんて、そうはない。85年の優勝まで、そこから12年や。その間に退団した江夏さんもブッちゃんも、引退した藤田平さんも結局タテジマで優勝を味わえなかった。あとひとつ勝っていれば…。歴史が変わっとったと思うと今でも悔しい。