バレー代表高橋藍のイタリアライフ ワンピース・英語日記・自炊パスタな日々/海外挑戦編

バレーボール男子日本代表で、東京五輪では29年ぶりのベスト8に貢献した高橋藍(20=日体大)が、昨年末から世界最高峰のリーグ「セリエA」に挑戦した。4カ月のイタリアでの生活。語学、文化、食事、全てが新鮮だった。

スポーツ総合

佐藤礼征

◆高橋藍(たかはし・らん)2001年(平13)9月2日、京都市生まれ。2学年上の兄塁(現サントリー)を追うように小2で競技を始めた。蜂ケ岡中から東山高へ進学。兄が3年だった1年時、2年時と春高バレー京都府予選決勝で東京五輪代表の大塚達宣(現早大)擁する洛南に敗れる。3年時に全国制覇。18歳だった20年に日本代表に初選出され、日体大に進学。最高到達点は343センチ。ポジションはアウトサイドヒッターだが、レシーブ力を生かしてパドバではリベロも務めた。188センチ、72キロ。

イタリアの風景を収める高橋藍(本人提供)

イタリアの風景を収める高橋藍(本人提供)

イタリア北東部、人口約21万人のパドバの中心街から歩いて10分。練習拠点も、車で10分とかからない。高橋が初めてのイタリア生活を過ごした現地の大学寮は、好立地にある。

「近くに大きな公園があるので、オフの日には散歩したり日光浴をしていましたね。中心街では買い物をしたり、カフェをしたり、リラックスできましたね」

日本に帰国して、1カ月ほどの5月某日。冷めない余韻を印象づけるように、言葉を止めず「イタリアライフ」を振り返った。

代表最多のインスタ90万人

日本代表の合宿で練習に励む高橋藍(日本バレーボール協会提供)

日本代表の合宿で練習に励む高橋藍(日本バレーボール協会提供)

高橋藍、20歳。インスタグラムのフォロワーは代表選手で最も多く、90万人を超える。高校時代には京都・東山高を春高バレー初優勝に導き、18歳で日本代表に選出された。昨夏の東京五輪では最年少で代表入り。屈指のレシーブ力と強打の攻守で、準々決勝進出に貢献した。歩む「スター街道」。バレーボールの枠を飛び越えて、その存在が認知されつつある。

だからこそ、東京五輪後の選択に注目が集まった。昨年末に世界最高峰のリーグ、イタリア・セリエAのパドバへの移籍を発表。過去には元日本代表の越川優(37、昨季限りで現役引退)や、日本代表の現主将、石川祐希(26=ミラノ)が所属したチーム。6学年上の石川には、チームを選択する段階で相談に乗ってもらった。

パドバではリベロとして存在感を発揮した高橋藍(中央)(©Pallavolo Padova)

パドバではリベロとして存在感を発揮した高橋藍(中央)(©Pallavolo Padova)

「行く前に、パドバのチームを決めるときにも『どうですか?』と相談しました。石川選手の経験を聞いて、パドバというチーム、地域的に暮らしやすいとも言われましたね。石川選手がそう言っているなら、その通りだなと思って選択をしました。イタリアでどういう生活、言語がどれくらい壁になるかアドバイスをもらいました」

チームメートはイタリア、ドイツ、ブルガリア、カナダ人と多国籍だった。高橋は共通言語である英語を、渡英前から勉強。海外の映画やドラマでインプットし、日記をつけてアウトプットする。

「(日記は)基本的には毎日やりますけど、分量はそんなに多くないです。ノートの半分くらい書ければ、自分の中でいい方。継続することを大事にやっていました」。パドバには英語を指導するチーム専属のスタッフがいた。オフの日などにオンラインでレッスンを受ける。バレーの練習以外もたゆまぬ努力を続けた。

パドバでチームメートと写真撮影する高橋藍(中央)(©Pallavolo Padova)

パドバでチームメートと写真撮影する高橋藍(中央)(©Pallavolo Padova)

鬼滅の刃、ドラゴンボール 日本の漫画が架け橋に

「主に英語に力を入れてコミュニケーション能力を上げようと思ったけど、イタリアはイタリア語が主流。イタリア語を使えればコミュニケーションもスムーズになる。次来たときはイタリア語を勉強したい」。円滑なコミュニケーションが、チームメートとの連携、バレーボールの上達に直結する。助けられたのは日本が誇る文化「漫画」だった。「ワンピースやドラゴンボール、ナルト、鬼滅の刃、呪術廻戦。最近の漫画もみんな知っているんですよ」。ワンピースの大ファンでもある高橋。話題は多ければ多いほど、ありがたかった。

日本代表の合宿で練習に励む高橋藍(右)(日本バレーボール協会提供)

日本代表の合宿で練習に励む高橋藍(右)(日本バレーボール協会提供)

ミートソース、エジェノベーゼ、カルボナーラ

朝昼用意される大学と違い、3食全て自炊だった。渡英前から栄養士に助言を求め、メニューを作成。しかし、根を詰めるとストレスにつながる。

「自炊はかなり大変でしたね。日本だと食料も調味料も慣れているけど、イタリアだとこれが何の調味料なのかもイチからで難しかったです(笑い)。あまりストレスにならないように、工夫しました」

昼はパスタで“固定”することで、メニュー作成の負担を減らした。ミートソース、エジェノベーゼ、カルボナーラ…。スーパーで瓶詰めされたソースを、計画的にローテーションする。「何が得意(料理)か分からないけど、パスタはかなり作りました。今ではいい感じにゆでられますよ」。

イタリアでチームメートとの食事を楽しむ高橋藍(右)(本人提供)

イタリアでチームメートとの食事を楽しむ高橋藍(右)(本人提供)

たまに、チームメートとふらっと外食に行くこともある。地中海に隣接するイタリア。「海鮮料理はおいしいです。あとはやっぱり、すし屋さん。イタリアにも多いんです。日本に負けないくらい、おしかった」。

舌になじむ故郷の味。13チーム中11位だったパドバでの武者修行、イタリアライフを駆け抜ける中で、心安らぐ時間になった。