乃木坂46が結成10周年 「AKBの公式ライバル」が個性を確立するまで

注目の人、話題のこと。もっと知りたい、もっと読みたい。その思いをかなえます。国民的人気アイドルグループの人気獲得の背景や要因を、担当記者が分析します。(2021年8月23日掲載。所属、年齢など当時)

ストーリーズ

横山慧

21年8月21日、乃木坂46が結成10周年を迎えた。「AKB48の公式ライバルグループ」がなぜ日本を代表するアイドルグループに上り詰め、さらに10周年を迎えても地位をキープしているのか。さまざまな要素が考えられるが、まずは乃木坂の個性や特長が形成されていった過程をひもといていきたい。

11年8月21日、東京・SME乃木坂ビル内(当時)にある乃木坂スクエアで、1期生オーディションの最終審査が行われた。応募総数は3万8934人。倍率1000倍以上の狭き門をくぐり抜けて36人が合格した。当時AKB48はまさに社会現象を巻き起こしており、最終審査3日後の8月24日に発売されたシングルは今なお代表曲の1つ「フライングゲット」。ライバルグループのオーディションにも自然と多くの注目が集まった。

さらに、乃木坂46が所属する大手レコード会社、ソニー・ミュージックの名前も一役買っていたようだ。当時アイドルにはそこまで詳しくなかったという生田絵梨花(24)も、「ソニーさんだから、というのもあって受けてみたんだと思います」と振り返る。「乃木坂が初のオーディションでした」と話すメンバーも多い。経緯や動機はさまざまだが、のちに「奇跡」の1期生と呼ばれるえりすぐりの面々がそろった。

当初の乃木坂46は「コンセプトがないのがコンセプト」だった。デビュー時からさまざまな企画やイベント、ファンサービスが行われた。試行錯誤、暗中模索。毎回のシングル、カップリング曲で新しい見せ方に挑戦した。ミュージックビデオにもこだわり、メンバー1人1人が登場する採算度外視のシングル特典映像「個人PV」は、グループの伝統となった。もちろん、空振りに終わった企画もある。がむしゃらに前進することもあれば、立ち止まって引き返すこともあった。

1つ一貫していたのは、「AKB48とは違うことをしよう」という意識だった。13年にNHKBSプレミアムで放送された秋元康総合プロデューサーの密着ドキュメンタリーで、乃木坂46の楽曲のミュージックビデオを見た同氏が制作陣に「だから(AKB48と)違うことをやれって言ってるじゃん」「どこで抜くんだよ? 抜くためには、あるいはそこに並ぶためには(他に)ないことをやらなきゃ無理じゃん。前回も言ったじゃん」とげきを飛ばすシーンがあった。

ライバルAKB48と別の特色を出すことは、スタッフの間でも共通認識だった。AKB48はSKE48はじめ多くの姉妹グループと「48グループ」を一大形成しているが、乃木坂46は一線を画すことが多かった。音楽番組で48グループとのメドレーを提案された際は、その都度慎重に判断した。活動を重ねるにつれて、メンバーにも徐々に独自のプライドが芽生えてきていた。

11年10月に冠番組「乃木坂って、どこ?」(日曜深夜0時、現「乃木坂工事中」)がスタートしたのも大きかった。露出が少ない初期の頃も、毎週追い掛ける番組があることでファン離れが防がれた部分もあるだろう。当初から売れっ子だったMCのバナナマンからバラエティーのいろはを学び、メンバーの個性も次々と開花した。

今となっては定着した「清楚(せいそ)で控えめ」「スタイルが良くファッションモデルも多い」というイメージは、いきなり「これだ」と決められたものではなかった。特に、次々とファッション誌モデルが誕生した15年をターニングポイントにあげるメンバーやスタッフも多い。13年からグループ第1号のファッション誌モデルを務めていた白石麻衣(28)をならって、戦略的に出版社に売り込んだ部分もあったという。ライブや握手会には目に見えて女性ファンが増えた。

女性ファンの増加は、その後オーディション、そして加入メンバーにもつながっていく。1期生オーディションを上回る多くの応募が集まり、グループの特性も押さえつつ、さらにバラエティーに富んだ新メンバーが次々と仲間に加わった。1期生と2期生がさまざまな挑戦を経て築いてきた土台に、粒ぞろいの3期生と4期生が融合した。今では、かつて多くのグループが苦心した「世代交代」という一大テーマにも成功しつつある。

関連グループも増えた。今では櫻坂46(欅坂46から改名)、日向坂46とともに「坂道シリーズ」を形成し、アイドル界のトップを走っている。乃木坂46がAKB48との違いを意識し続けたように、今度は櫻坂46や日向坂46が、「坂道」の特性は守りつつも乃木坂46とは別の個性やキャラクターを磨き、それぞれが独自の人気を獲得している。

12年1月19日、「AKB48リクエストアワー セットリストベスト100 2012」初日公演の冒頭で、デビュー曲「ぐるぐるカーテン」を“AKB48のファン”の前でサプライズ初披露した際、ネット上では賛否両論が巻き起こった。乃木坂46はまだデビュー前だったが、既に固有のファンが多くついていたという証拠だった。最初はAKB48との兼任のファンが多いのでは、と思っていた関係者も多かったそうだが、当時からファンは「このグループならいつか本当にAKB48を超えられる」と信じていたのかもしれない。

現在、テレビ東京ではAKB48の冠番組「乃木坂に、越されました~AKB48、色々あってテレ東からの大逆襲!~」が放送中だ。10年前では考えられないようなタイトルだ。乃木坂46の肩書を「AKB48の公式ライバルグループ」「AKB48の派生グループ」などと表現するメディアは、もうどこにもいない。

一方で、卒業生の生駒里奈(25)が在籍中に何度も口にしていた「AKB48さんあっての私たち」という言葉も、また事実だろう。列島を席巻していたAKB48の影響力、レコード会社のブランド、集まった魅力的なメンバーとその努力、スタッフの試行錯誤…。乃木坂46はやはりさまざまな要因を背景に、AKB48と違いを出し、揺るぎない個性を確立した。

最近若手メンバーの取材すると、「先輩方が築き上げてきてくださった乃木坂46を守りつつ、私たちが新しい部分を加えていきたい」などと異口同音に意気込む場面が多いように感じる。盛者必衰の芸能界。日本を代表するアイドルグループとなった今でも、引き続きまた試行錯誤しながら「乃木坂46とはまた違う乃木坂46」を作るべく、結局は新しい挑戦を続けていくのだろう。逆説的だが、それこそが乃木坂46らしさなのかもしれない。