【キムタクさんを悼む】墓石に刻まれる「一生懸命」4年後の墓参りに巨人阿部がそなえたタバコ

2010年の4月7日、巨人のコーチを務めていた木村拓也さんが亡くなりました。思い出してもらうこと。忘れないでいてもらうこと。番記者の役目です。(2014年4月4日掲載。所属、年齢などは当時)

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宮下敬至


広島に来ている。1日の試合前練習中、汗びっしょりの阿部に「たばこを置いてきたんですよ。時間があったら、行ってあげてください」と言われた。日中、木村拓也さんのお墓参りに行ってきた、とのことだった。

木村さんは4年前、広島戦のシートノック中に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。阿部は、ノッカーを務めていた木村さんの異変にすぐ気付いた。「真っ先に駆けていったけど『タクさん』って呼ぶだけで、何もできなかった」と、状況をよく覚えていた。

カープ時代に躍動した市民球場の跡地を見晴らせる丘に、木村さんは眠っていた。気の優しい久保記者が「キムタクさんは赤が好きでしたね。リストバンドも赤でした」と花を選んだ。愛飲していた焼酎、ビール、ブラックの缶コーヒーが並んでいた。阿部が置いていったたばこがあった。花もたくさん供えてあった。

巨人の人たちは木村さんのことを忘れていない。広島遠征のときは、それぞれが自主的に訪れていると聞いた。お墓の真ん中には、木村さんを表現するにふさわしい言葉「一生懸命」が刻まれている。